小泉今日子「ヤマトナデシコ七変化」の歌詞の意味を考察

昭和歌謡
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この記事は、 小泉今日子「ヤマトナデシコ七変化」の歌詞の意味を考察します。

1984年に発売されたこの曲は、テンポよいメロディと、斬新で韻を踏む歌詞をキュートに元気よく歌い上げ、人気となりました。

それでは、小泉今日子「ヤマトナデシコ七変化」の歌詞の意味を読み解きましょう。

 

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小泉今日子「ヤマトナデシコ七変化」はどんな曲

【ヤマトナデシコ七変化】

アーティスト:小泉今日子

作詞:康珍化

作曲: 筒美京平

リリース: 1984年9月21日(ビクター音楽産業)

★チャート最高順位
週間1位、1984年度年間35位

「ヤマトナデシコ七変化」は1984年9月に小泉今日子の11枚目のシングルとして発売されました。

作詞家の康珍化は、今までの「女性はこうあるべき」といった価値観に、どこ吹く風といった顔の小泉の姿を重イメージして、この歌詞を書きました。

当時はアイドル全盛時代。小泉今日子はポスト松田聖子としてデビューしたものの、彼女は反発。

当時のトレードマークである、ボーイッシュなショートカットは彼女のアイデアでした。

 

小泉今日子「ヤマトナデシコ七変化」の歌詞の意味を考察

この「ヤマトナデシコ七変化」も、今までのアイドルの歌にありがちだった、王子様を待ち続ける、受け身の恋に甘んじる少女像とは一線を画しています。

小泉が歌う「大和撫子」は、したたかで茶目っ気たっぷり、気まぐれで猫のような女の子です。

 

主人公がまとう、薄紅色の振袖は、恋する女の子の甘い心を染めたもの。

しかし、甘くふわふわしているだけではありません。

袂を、ひらひらと男の子たちの前でひらめかせては、気のある素振りとみせかけて、男の子たちがその袖をつかまえようとすれば、ひらりとつれなくひるがえしてしまいます。

 

ターゲットと定めた男子には、最初に一途で純情な女の子と思わせておいて、しっかり将来は良い旦那さんになれるかどうか、品定めをしているのです。

彼が彼女の浮気心に気づいたころには、すでに後の祭り。

 

可愛いお姫様だった彼女は、くのいち(女性忍者)に早変わり。

「一人の時間が欲しいのよ、大丈夫よ、嫌いになったわけじゃないわ」

そんな呪文一つで、たちまち彼を煙に巻き、目を白黒させている間にすでに新しい、いい人の腕の中へと飛び去っているのです。

しかし、根は純粋で、憎めない可愛らしさがあるのが大和撫子のいいところ。

 

置き手紙も無しにしばらく旅にでていたかと思うと、ほんの少し大人になって、ふらりと愛しい人のもとへ戻ってきたりするのです。

彼女のポリシーは「恋する気持ちは、ほどほどにとどめておくから、楽しいの」

 

うぶな愛情も、度が過ぎれば重荷になって、お互いに苦痛しか生み出さないことを、よくよくわかっているのです。

それよりは、いつだって彼を飽きさせない、キュートな小悪魔のほうがよっぽど魅力的。

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焼きもちを焼くなら、こんがりきつね色にとどめておかないと。

真っ黒こげなんて、食べられたものじゃありません。

そしてなにより、彼女は恋の主導権は自分が握ることに決めているのです。

 

彼女のやりかたが、不思議と嫌味に思えないのは…。

これまでのあざとい、ぶりっことは違う、あくまで「素顔の私」で本気の勝負をかけているからでしょう。

恋の駆け引きもいつだって本気。

くだらない男をつかまえて馬鹿を見るのなんてごめんです。

それに現代に生きる大和撫子は、仕事に趣味に、とっても忙しいのです。

24時間、彼のことばかりは考えていられません。

 

この曲が発売された1984年は、男女雇用機会均等法が制定される1年前にあたります。

巷では女性の自立が叫ばれ、「女性が強くなった」と言われた時代でした。

それでも、恋愛に関しては、いつまでも女性は「選ばれる存在」であり、いつまでも白馬の王子様を待ち続ける立場。

 

そんな女の子たちに発破をかけたのがこの歌だったのです。

「知性があって行動力がある女の子は、男の子顔負けなぐらいキラキラして格好いいのよ」

この歌の主人公は、巷の女子達の背中を強く押してくれました。

さて、1970年代にはキューティーハニーや、ひみつのアッコちゃんなど、女の子が憧れの職業に変身できるアニメが流行りましたが、それはあくまで、魔法や科学の力の助けがあってのことです。

所詮はテレビのなかのおとぎ話でした。

 

しかし、この歌の主人公は、魔法のステッキも持っていなければ、天才科学者でもありません。

聴き手と同じ、普通の女の子です。

 

小泉は、常に等身大の女の子であることを全面に出して活躍してきました。

決して手の届かない、憧れのお姫様ではなく、何でも話せる親友のような親しみやすさがあるアイドル。

 

同世代の女の子たちの圧倒的な支持を集めたのも頷けます。

彼女は、まさに「女の子たちのヒーロー」だったのでしょう。

 

あれから40年…。

小泉はサイコパスな犯罪者から、茶目っ気たっぷりの母親まで、幅広い役柄を演じる役者になりました。

ヤマトナデシコ七変化とは、作詞の康珍化がイメージした通り、まさに彼女の生き方そのものだったのかもしれません。

 

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まとめ

小泉今日子「ヤマトナデシコ七変化」の歌詞の意味を考察しました。

大和撫子ではなく、片仮名のヤマトナデシコ。

女性の社会進出が進み、1985年に男女雇用機会均等法が制定される前年1984年に作られたこの曲。

歌詞には、そうした時代の流れを受けて、恋愛に対して受け身ではなく、積極的な女性の姿が表されています。

ただし、ギスギスした感じではなく、憎めない可愛いらしさも残しつつ…。

小泉今日子が元気に歌うその歌詞は女性たちには、新しい時代を告げるメッセージに聞こえたことでしょう。

 

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