この記事は、 太田裕美「九月の雨」の歌詞の意味を考察します。
1977年に発売されたこの曲は、雨降る都会の夜、恋の破局を迎える女性の切ない心情を情緒豊かに歌い上げ、人気となりました。
それでは、太田裕美「九月の雨」の歌詞の意味を読み解きましょう。
太田裕美「九月の雨」はどんな曲
【九月の雨】
アーティスト:太田裕美
作詞:松本隆
作曲:筒美京平
リリース: 1977年9月1日(CBS・ソニー)
★チャート最高順位
週間7位、1977年度年間40位(オリコン)
「九月の雨」は1977年9月に太田裕美の9枚目のシングルとして発売されました。
「木綿のハンカチーフ」で初々しい少女の心を表現した彼女は、この曲でひと回り大人になった女性の心情を哀愁を込めて表現しました。
太田裕美「九月の雨」の歌詞の意味を考察
秋は別れが絵になる季節です。
ここでも、またひとつ、愛の灯が消えようとしています。
冷たい雨が降りしきるオフィス街の夜10時、
列をなす、赤いテールランプが暗闇の中に浮かび上がります。
「あー、渋滞ですね…、お客さん」
タクシーのハンドルを握る中年男性が、ため息をつきました。
「この雨だからなぁ、台風が近いからかなあ…」
主人公の女性は、運転手の呟きには答えずに、窓に額を貼りつけるようにして、外を眺めています。
ひと月ぶりに訪れた新宿は、雨降りのせいか、どこかイルミネーションも精彩を欠いて見えました。
窓に叩きつけられた雨粒が、色とりどりの思い出まで、青一色に染めてしまうようです。
「明日が来るのが怖い。」
彼女はぞくりと寒気を感じ、小さく身震いしました。
彼に出逢う前は、「自分一人でも生きていける」。
そう信じて疑うことはありませんでした。
彼と愛し合っていたころは、「二人が離れることはありえない」。
そう固く信じていました。
でも、今は?
「あなたのいない明日なんかいらない。」
そんな彼女の葛藤をよそに…。
運転手は「明日は晴れる、ってねえ…。天気予報では言ってたんだけどねえ。」と呟きます。
やがてタクシーは交差点を曲がり、大通りから細い路地に入りました。
闇のなか、街灯に照らされた馴染みある景色が、走馬灯のように窓の外を過ぎ去ります。
いつの日か、二人並んで腰かけた道ばたのベンチが、黒く不気味に浮かび上がっていました。
背もたれに後頭部をあずけた彼女の耳に、先ほどの会話がよみがえってきます。
「あたし、東京駅に来てるの。今から会えない?お願い」
祈るような思いで1時間半、電車に揺られ、たどり着いた東京駅。
電話ボックスに飛び込み、強く受話器を握りしめ、ほんのすこしの沈黙のあとにようやく絞り出した言葉。
この頃の彼の冷ややかなまなざし、態度の変化が、彼女を東京に連れてきたのでした。
「お願い、”どうしたんだよ”って言って。”寂しがり屋だな”って、笑ってよ。」
しかし、返事はつれないものでした。
「なんで来る前にひとこと言わないんだよ」
ぶっきらぼうに言葉を切る彼の背後で、微かに囁くような低い女の声が聞こえました。
「先月も会えただろ。そんな、いきなり来られたって困る…」
「会いたいの」
「俺だって忙しいんだよ。おとなしく帰れよ。もう切るぞ!」
「そんな、あたしだって大事な話が…」
「やぁだ、彼女、可哀そう!」
今度ははっきりと、女の声が聞こえました。
その直後、くすくすと声を押し殺したような笑い声に、彼女はたまらず受話器を置いたのです。
そのまま、電話ボックスを飛び出し、彼女は駅前のタクシーに飛び乗ったのでした。
「着きましたよ」
気が付けば、そこは彼のマンションの前です。
運転手の声に、彼女は財布を取り出しましたが、ふとその手を止めました。
彼女は一瞬の間のあと、意を決したようにと低い声で告げます。
「すぐ戻ります。ここで待っていてください」
彼女は車から小走りで飛び出すと、すでに雨はさきほどの勢いは無くしていました。
ただ、脱げたコートのフードから露わになった長い髪を、冷たく濡らしています。
マンションの前で3階を見上げ、ひとしきり佇んだ後、彼女はきびすを返してタクシーに向かいました。
耳の奥で、くすくす笑う女の声が蘇ってきます。
-すぐ目の前にあなたがいるのに、あのマンションの階段を上がれば、あなたがいるのに。
どうして…。
「タオル、ありますよ」
運転手の言葉に、上の空でうなづき、濡れた髪を拭きました。
ー愛することがこんなに悲しいなら、もう恋なんてしないわ。
彼女は声を押し殺すと、タオルに顔をうずめました。
彼女の心を知ってか知らずか、タクシーのラジオからは失恋をテーマにしたニューミュージックが流れています。
-『秋は別れの季節』だと、歌ったのは誰だったかしら。
この歌を作った人も、きっと、まるで青く瑞々しい葉が、黄色くしおれるように、恋が色あせてしまったんだわ。
絹糸のような雨の中、黒く光る交差点を、赤や紺の雨傘が通ります。
3年前の梅雨、確かに彼女と彼は体を寄せ合い、一つの傘をさして、こうして夜の街を歩いていました。
2人の肩はびしょびしょに濡れていましたが、それでも心は温かく幸せでした。
タクシーは東京駅へと向かいます。
今からなら、まだ最終列車に間に合うはずです。
雨粒に青く染められた記憶の風景は、そのままダムに呑まれた街のように、冷たい水の底にゆらゆらと沈んで消えていきました。
ーさよなら、さよなら。私の恋…。
もう、ここに来ることも無いだろう…。
「着きましたよ」
運転手の声に彼女ははっと我に返ります。
タクシーから降りると、雨はずいぶん、小降りになっていました。
恐らくもうすぐ止むでしょう。
ー今日が雨でよかった。
涙で濡れた頬に気づかれずに済むもの。
赤いレインコートを羽織ると、彼女は凛と顔を上げて、駅舎の中に消えていきました。
ー明日は晴れる。
そうよ。明日は、晴れるわ…。
どうやら九月の雨は、残暑の湿気とともに、彼女の心の迷いも洗い流してくれたようです。
まとめ
太田裕美「九月の雨」の歌詞の意味を考察しました。
雨降る9月の都会の夜、主人公の女性は恋人の態度が最近、冷たいので確かめようとします。
公衆電話から彼の家に電話を入れて会おうとするも、つれない返事が返ってきます。
さらに受話器からは知らない女の笑い声が聞こえ、主人公の女性は破局を察します。
いたたまれなくなった彼女はタクシーを拾い彼の自宅へと向かいますが、もはや彼のもとへと行くことは出来ない…、と思い直します。
口惜しさと悲しさがこみ上げてきますが、9月の冷たくて、優しい雨が涙とそうした想いを洗い流してくれる、という内容でした。
太田裕美の優しく、切ない歌唱からは、そうした情景が目に浮かびます。
作詞・作曲、そして歌唱の素晴らしさに改めて聴き入ってしまいます。
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