この記事は、 鶴岡雅義と東京ロマンチカ「小樽のひとよ」の歌詞の意味を考察します。
1975年に発売されたこの曲は、甘く透明感のある歌声と哀愁漂う美しいギターの音色で人々を魅了しました。
それでは、鶴岡雅義と東京ロマンチカ「小樽のひとよ」の歌詞の意味を読み解きます。
鶴岡雅義と東京ロマンチカ「小樽のひとよ」はどんな曲
【小樽のひとよ】
アーティスト:鶴岡雅義と東京ロマンチカ
作詞: 池田充男
作曲 :鶴岡雅義
リリース: 1967年9月25日(テイチクレコード)
★チャート最高順位
週間2位、1968年度年間4位(オリコン)
この曲は、1967年9月に発売された男性コーラスグループ「鶴岡雅義と東京ロマンチカ」によって、北海道・小樽のご当地ソングとしてリリースされました。
作詞は池田充男、作曲はリーダーの鶴岡雅義が手がけました。
この歌詞はグループメンバーの実体験がベースとなっており、ほろ苦い恋の思い出に、小樽という浪漫溢れる土地柄が、華を添えています。
1968年度のオリコン・シングルチャートでは年間ランキング4位、売上枚数は82.4万枚のヒットを記録しました。
鶴岡雅義と東京ロマンチカ「小樽のひとよ」の歌詞の意味を考察
先に記載のとおり、歌詞はグループメンバーの実体験がベースとなっていますが、別の考察を行います。
この歌に出てくる主人公は、この北海道の小樽の海と、曾祖父の代から変わらぬ街並みのなかで、青春時代を過ごしてきました。
季節はちらちらと、名残惜し気に粉雪が舞う早春のことです。
小樽駅の駅舎には、ガラスのホヤを被った色とりどりのランプが吊り下げられています。
青年は、指で四角を作り、心の中でシャッターを切りました。
工房にて職人がガラスを吹く光景は、彼が幼い頃は、あちこちで見られたものでした。
子供のころから見慣れてきた、土産物屋に並ぶ古き良きガラスのランプ。
今はもう、この街でしか手に入らない、と知ったのは幾つの頃だったでしょう。
「ただいま」
彼は、誰もいない改札の向こうに向かって小さく呟きました。
「あたしはこの街が好きよ。この街に生まれて、この街に骨を埋めるの」
彼が東京に誘ったあの日、凛としたまなざしを向けて、愛しい人は言い切りました。
吹き付ける風の音でかき消されそうになりながら、声を張り上げて言い放った彼女の、厳しい顔。
予期しない返事に、顔を殴る雪の礫(つぶて)のように、無数の針で胸を刺されたような痛みを感じたものです。
ざく、ざく、と雪を踏み固めながら、彼女の家に着くまで、彼は足早に歩く彼女を何度も呼び止めました。
そのたび「君はそれで後悔しないのか」「俺がそばにいなくても平気なのか」と聞き返し、彼女も同じ返事を繰り返しました。
「私、東京なんて行きたくない!小樽を離れるなんて嫌よ。
誤解しないで、あなたを嫌いになったんじゃないの。
あなたはきっと帰ってくるわ。あなたもこの街の人だもの。必ず帰ってくると信じてる」
彼女は、吹雪でおぼろげにかすむオレンジ色のガス灯をにらみながら、そう言い切るのでした。
ー萩原朔太郎の妻、千恵子は「東京には空が無い」と嘆きました。
彼も新宿の空を見上げ、ため息をつきます。
朔太郎は、「桜若葉の間にはきれいな空がある」と言いました。
しかし、今はどうでしょう。
無機質な建物に、四方八方からちぎられた、ぽっかり何もない空間。
それが今の東京の空です。
それでも、真冬の深夜になれば、空気は、しん、と澄みわたり、四角く区切られた空にも、ひとつ、ふたつと星が瞬き始めます。
そんな時、いつも思い出すのは、旅立つ日の朝、凍える彼の頬に、そっと触れた彼女の指の冷たさです。
その手を握ると、氷のような冷たさが骨の髄まで伝わってきました。
「帰ろうか」
彼は、瞬く星に向かって呟きました。
東京に来たばかりの時は、毎晩のように電話をして、手紙も互いに書いていたのに。
恋しい時は、洞窟で彫刻を背にしておどけて見せた、日に焼けた彼女の向日葵のような笑顔を思い出すことで、心が満たされたのに。
いつの間にか、目まぐるしく変わる時代と人のスピードに飲み込まれて、生まれ故郷を思い返すことも無くなりました。
いつしか、彼女からの手紙も途絶えて、久しく経ちます。
東京の生活は、順風満帆とは行きませんでした。
短期契約の仕事を転々とし、忘れたころにかかってくる親への電話には、「正社員になって、元気にやっている」と嘘をつくのが、せめてもの親孝行のつもりでした。
「帰ろう」
澄んだ星空は、彼の心の吹雪もなだめてくれたようです。
彼は、公衆電話のボックスに入ると、彼女の家のダイヤルを回しはじめました。
やがて。
彼は5年前のあの日のように、小樽駅に降り立ちました。
駅舎の外は、季節外れの粉雪で一面、銀のカーテンに覆われたようです。
「ただいま」
そう口にした瞬間、青年の頬に温かな涙が伝いました。
青年は冷たい空気を胸いっぱいに吸い込むと、大きく両腕を広げました。
まるで、まだ見ぬ彼女を、その胸に迎え入れるかのように。
まとめ
鶴岡雅義と東京ロマンチカ「小樽のひとよ」の歌詞の意味を考察しました。
故郷の小樽を離れ、東京での生活を夢見た主人公の男性・・。
恋人も一緒にと誘いますが、彼女は地元に残り、彼の帰りを待つことを選択します。
主人公の男性は都会の喧騒に揉まれ、5年の年月が経ちます。
彼は東京では思うようにはいかず、故郷のこと、残してきた彼女のことを思い出します。
そして故郷へ、彼女の元へと帰ることを決断して、小樽駅へと降り立つのでした。
この歌詞に登場する、塩谷の浜辺とは、鄙びてはいますが、広々とした素朴な情緒のある浜です。
塩谷の海は、『青の洞窟』と呼ばれる名所もあり、夏休みになると、観光客や家族連れで賑わいます。
歌詞に書かれた古代の文字とは、手宮洞窟に彫られた彫刻を意味しています。
続・縄文時代(北海道を中心に、紀元前3世紀から紀元後7世紀まで続いた。
そののち、擦文文化からアイヌ文化となる)の遺跡であり、大正10年に国の史跡に認定されました。
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