野口五郎「私鉄沿線」の歌詞の意味を考察!青年の想いが心に染みる

昭和歌謡
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この記事は、 野口五郎「私鉄沿線」の歌詞の意味を考察します。

1982年に発売されたこの曲は、サビに向かい盛り上がるドラマティックなメロディと、甘く切ない歌唱で多くの人々の心をとらえました。

それでは、野口五郎「私鉄沿線」の歌詞の意味を読み解きましょう。

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野口五郎「私鉄沿線」はどんな曲

【私鉄沿線】

アーティスト:野口五郎

作詞:山上路夫

作曲 :佐藤寛

リリース: 1975年1月20日(ポリドール)

★チャート最高順位
週間1位、1974年度年間14位(オリコン)

「私鉄沿線」は1975年1月に発売された野口五郎の15枚目のシングルです。

作曲は野口の実兄である佐藤寛が手がけています。

1975年度のオリコン・シングルチャートでは年間ランキング14位、売上枚数は45.3万枚のヒットを記録しました。

 

野口五郎「私鉄沿線」の歌詞の意味を考察

この曲は、歌詞だけを読むと最初から最後まで一貫して、ある青年の日常をそのまま切り取ったかのような、素朴な手触りを感じさせます。

それでは、青年の日々の出来事を覗いてみることにしましょう。

 

「最近、ひとりだね。どうしたの」

マスターは青年に尋ねました。

 

するとその瞬間、喫茶店の裏手を走る電車のプァーンという汽笛の音が、彼の耳には一層、大きく聞こえるような気がしました。

 

「あれは、地元に帰っちまったんですよ。父親の具合が大分悪いらしくて。ほら、あいつも母親を早くに亡くしているから『私がついていないと』って」

咄嗟についた嘘にしては、上出来だと思いました。

 

しかし、マスターの顔は曇ったままです。

「あの娘がいないと、なんだか寂しいね、灯が消えたようだよ」

マスターは決まり悪そうに独り言をいうと、サーバーにお湯を注ぎます。

コポコポと音をたてて、コーヒーの粉が丸く膨らみました。

 

彼が思い出すのは、頬杖をついて、いつも物珍しそうにサーバーを眺めていた彼女のこと。

初めて恋に落ちたあの日、民芸品のシェードに包まれた明かりが、優しく彼女の横顔を照らしていました。l

あれから一言二言、挨拶を交わす中になり、それがいつしか話が弾んで、やがて手を繋いで歩くようになりました。

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「あ、ミモザだわ」

彼女の声に足を止めると、駅のそばの花屋のショーウインドウには、黄色いふわふわした房の塊が売られていました。

 

今、彼はしみじみ思います。

(君がいなければ、花の名を知ることもなかった。)

これまでのモノトーンの人生を、彩ってくれたのは、確かに、紛れもない彼女でした。

駅の改札前に立ち、彼女を探すひとときすら、世界が輝いて見えるようでした。

 

「いつまでもこの瞬間が続いたらいい。

そうすれば、見送るときの侘しさは感じなくて済むから。

ああ、でもダメだ。そうしたら、いつまでも君の手を握ることができないもの。」

我ながら馬鹿みたいだと思いつつ、子供じみた空想を止めることができません。

 

やがて、いつの間にか二人の間に隙間風が吹くようになっても、改札口で出迎える習慣は変わりませんでした。

彼女が去った後も、部屋はいまも小ぎれいに片づけられたままです。

散らかしてしまったら、そこここに沁みついた彼女の思いすら汚してしまいそうで、彼は怖かったのです。

 

喫茶店を出ると、空はすでに茜色です。

花屋には年の暮れらしく、もこもこと温かそうなケイトウの花や、真っ赤な薔薇の実といった、枝ものがショーウィンドウを飾っていました。

(あの子を最後に見送った日は、確か白い百合だったと思ったが)

 

別れには似つかわしくない、爽やかな初夏でした。

(あの日から、ずっと引きこもっていたけれど、もう半年が経つのか)

 

 

喫茶店にまた、顔を出すようになったのも、ついこのひと月のことです。

ふと思い立ち、彼は三角屋根の駅舎に立ち寄りました。

 

改札前の掲示板には、たくさんのメッセージが書き残されています。

彼も引き寄せられるように、白いチョークを手に取りました。

 

彼がメッセージを書き残した伝言板は、決して豊かでは無くても、ささやかな幸せを享受できた時代の象徴のようです。

これまで、どれだけの恋人たちが、溢れる思いを書き残してきたのでしょうか。

現代のSNSのように、一度は別れても、あっさり何事もなかったように繋がれるような、そんなツールも価値観も無かった時代です。

 

 

恋人同士の別れは、そのまま今生の別れを意味していました。

だからこそ、彼は思いのたけをこめて、伝言板に書きなぐります。

ひと言「逢いたいよ」と。

 

この字を見れば、僕のものだと分かるはず。

少しでも気持ちがあれば、必ず戻ってくるはずだ。

少しでも気持ちがあれば。

 

しばらくして、彼は文字を乱暴に消し去り、こう書き直しました。

「いつもの喫茶店で待ってます」と。

 

駅舎を出ると、既に空は薄暗くなっていました。

小さなこの駅にも、買い物客らしき人々がちらほらと行き交います。

 

「ああ、情けない、情けない」

コートに手を突っ込み、背中を丸めると、思わず弱音を吐きました。

いっそこの街を、捨てようと思えば、いつでも捨てられる身軽な身です。

 

それでも彼は、この街を離れることができません。

とぼとぼと歩く彼の真横を、今夜も電車が追い抜いていきます。

あれから50年、昭和、平成、令和と時代は変わっても…。

ただ一つ、はるか昔から変わらない、恋人たちの想いを乗せて、今日も電車は走っていきます。

 

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まとめ

野口五郎「私鉄沿線」の歌詞の意味を考察しました。

主人公の青年が別れてしまった恋人との日常の思い出を振り返ります。

駅の改札口で待ち合わせ、喫茶店でのコーヒーを飲みながらの会話など…。

彼女のことが忘れずにこの街から引っ越せずに自分の元に帰ってくることを待っているという内容でした。

そうした青年の想いを野口五郎が切々と歌いあげるので、聴く者の心を強く揺さぶるように感じます。

 

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