清水健太郎「失恋レストラン」の歌詞の意味を考察!切なくてやりきれない気持ち

昭和歌謡
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この記事は、清水健太郎「失恋レストラン」の歌詞の意味を考察します。

1976年に発売されたこの曲は、テンポの良いメロディの中に切なくてやり切れない気持ちが歌われ、当時大ヒットしました。

それでは、清水健太郎「失恋レストラン」の歌詞の意味を読み解きます。

清水健太郎「失恋レストラン」はどんな曲

【失恋レストラン】

アーティスト:清水健太郎

作詞・作曲: つのだひろ

リリース: 1976年11月21日( CBSソニー)

★チャート最高順位
週間1位、1976年度年間9位(オリコン)

「失恋レストラン」は、1976年11月に清水健太郎のデビューシングルとして発売されました。

作詞・作曲はシンガーソングライター、ドラマーのつのだひろで、この曲は清水健太郎の代表曲となりました。

オリコン・シングルチャートでは1976年度年間ランキング9位、売上枚数は62.8万枚を記録しました。

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清水健太郎「失恋レストラン」の歌詞の意味を考察

この曲の舞台・・、喫茶店でもなくバーでもなくレストラン。

レストランの語源はフランス語の(レストレ)回復させると言う言葉から作られたものだそうです。

元は回復させる食事としてスープの事を表現していたようですが、その後に食事を提供する店として定着していきました。

 

このことから、失恋を回復させる場所としてレストランと言う言葉を使ったのだと考察できます。

そしてこの場所は恋で傷ついた人達が回復出来るように心配りをしているようです。

泣きたいならハンカチを用意してあるし、やさしい気持ちにさせてくれる座り心地の良い椅子。

 

このレストランには色々な人が来るのでカクテルもありますし、人によってマスターが歌まで歌ってあげると言う至れり尽くせりの場所のようです。

この歌を聴くとそんな多くの人がその印象が強いと思います。

 

ところで、歌い手である男性はどのポジションでこのレストランを見ているのか。

ここが気になるのではないでしょうか。

歌詞の最後に「まだ恋したこともない」と歌われています。

故に、恋で傷ついたことの無い利用者だったのです。

 

失恋した人が集まるこの場所に場違いだとも思われる男性。

ですが常連客である事は間違いありません。

マスターに「歌ってやってよ」という言葉をかけていますし、冒頭に「悲しければここで泣いていいんだよ」と客に声をかけています。

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しかし、そんな男性が何故常連客のようにここに居るのでしょうか。

ここを考えてみたいと思います。

 

そもそも男性は恋をしたことが無いのでここに来る人たちの気持ちが理解出来ても共感できていません。

まずは「ポッカリ空いた胸の奥につめこむメシを食べさせる」この強引な表現。

恋をしてご飯が喉を通らない。そんな苦しい思いをすることもあるでしょう。

でも、この男性はきっとそこを理解をしても共感が出来ていない。

 

だからとりあえず埋めるためには何かつめこみなよ(食べなよ)、そんな印象を持ってしまう表現ですね。

さらに好きな人に裏切られ笑いを忘れてしまった人を笑わせる職業の「道化師」と表現します。

そんな男性に「涙を忘れるカクテル」を出してやってという主人公。

このレストランに「すがり」やってきた男性や女性に対しておどける態度をとっていたようにしか見えてないのです。

やはり理解はしても共感が出来ない。

 

 

しかし、これは失恋した人をバカにしているわけでは無く、あくまで共感出来ていないことを強調するものだと考察します。

さらに「愛を無くした手品師など」ここは「など」と書かれているので複数人居るのがわかります。

そしてふきだまりと表現されています。行き場をなくした恋が自然と集まるこの場所。

 

歌えないが君の話し相手になれる。と言ったり、君のそばにいると主人公が寄り添う表現を使います。

話を聞いたりそばにいてあげたり積極的です。

この主人公がこの場所に常連としている理由はこれなのです。

失恋した人達が来るということは皆1人だということは聴かなくても分かること。

 

ここに来れば恋愛を失恋まで擬似的に話を聞き理解は出来る。

そして、もしかしたら次の恋の相手になれるかもしれない。

そのように考えてここに来ている。と言う考察ができると思いませんか?

 

また、マスターにはラストオーダーとして「失恋までのフルコース」を注文しています。

それはまだ恋をしたことがないから、恋をしてみたい。という事だと考察できます。

これは本当に皮肉も込めた秀逸な表現だと感じるのですが、失恋した女性にここで会う。

 

もしかしたら恋に発展して、恋人になる。

そして失恋したらここで慰めて欲しいと言う本当に恋愛のフルコースそのものを注文している事になります。

 

失恋までと書かれていることに恋をした事の無い男性の複雑な気持ちも現れているような気がします。

失恋した人しか見ていない事。ここに来ると次の恋愛の対象になるのでは無いかと言う少し後ろめたい思い。

こんな思いでここに来ている自分の恋愛は成就しないのでは無いかという思いも含まれているのではないかと思います。

 

このように実は主人公は「失恋レストラン」に自分の恋をしてみたいという理由で来ていると言うのが分かりました。

パッと聴くと失恋した人が集まる場所。と言う歌なのですが、歌詞を読み解くと恋をしてみたい男性がこのレストランに来ている歌でもある事が分かりました。

最後に「ねぇマスターはやく」という歌で終わりますが、ここに切実な主人公の思いが詰まっている曲なのだと思いませんか?

 

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まとめ

清水健太郎「失恋レストラン」の歌詞の意味を考察しました。

失恋の心の痛手を癒してくれる「失恋レストラン」。

涙をふくハンカチ、心ををやさしく包むイスなどもあります。

まだ恋をしたことのない主人公の男性は、なぜかその店に通う常連客。

店にするお客を観察したり、話を聞いてあげることもあるようです。

 

そうした様子を見るうちに主人公の男性はラストオーダーに「失恋までのフルコース」を注文します。

果たしてこの男性はフルコースを味わって、このレストランに本来の客として通うことになるのでしょうか?

続きが気になりますね・・。

 

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