高田みづえ「私はピアノ」の歌詞の意味を考察!サザンのカバーの名曲

昭和歌謡
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この記事は、高田みづえ「私はピアノ」の歌詞の意味を考察します。

1980年7月に発売されたこの曲は同年3月に発売されたサザンオールスターズが出したアルバムの一収録曲をカバーしたものです。

それでは、高田みづえ「私はピアノ」の歌詞の意味を読み解いていきましょう。

高田みづえ「私はピアノ」はどんな曲

【私はピアノ】

アーティスト:高田みづえ

作詞・作曲: 桑田佳祐

リリース: 1980年7月25日(ユニオンレコード)

★チャート最高順位
週間5位、1980年度年間33位(オリコン)

「私はピアノ」は1980年7月に発売された高田みづえの12枚目のシングルです。

作詞・作曲はサザンオールスターズの桑田佳祐です。

なるほどメロディや歌詞の各所に桑田佳祐らしさが垣間見られますね。

 

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高田みづえ「私はピアノ」の歌詞の意味を考察

この曲の歌詞は主人公の女性の回想から始まります。

「人も恨やむよな」仲の良い恋人同士だった、この歌の主人公の女性と「あなた」。

この幸せな関係はずっと続くと思われましたが、そう思っていたのは主人公だけ。

ある時、「突然の嵐みたいに」恋は終わってしまいます。

 

その終わりがあまりに唐突だったので、彼女はショックのあまり、現実を受け止めきれません。

「涙が出ないのはなぜ 教えて欲しいだけさ」と、今の自分の状態をどこか他人事のように言うのはそのせいです。

 

ところで、この主人公には、特技がありました。

それは、「ピアノ」の演奏です。

「あなたから 目が離せない ふたりして聞くわ ラリーカールトン」という歌詞があります。

 

これは自分が「ピアノ」を弾いている間でも、その目は鍵盤や楽譜ではなく、そばにいる「あなた」ばかり見つめてしまいます。

その結果、まるで別人が演奏している「ラリーカールトン」の曲を「ふたり」で聞いているような状態になっていたことを言っているのです。

 

こんなことが出来てしまうのだから、彼女の「ピアノ」の腕前はかなりのものだと考えられます。

それに彼女は、二番の歌詞にあるように他にも「ビリージョエル」の曲や「サンバ」など様々な曲が弾けます。

そもそも、歌のタイトルだって「私はピアノ」というくらいですし、彼女にとって「ピアノ」は、それ程までに大切で親しい存在なのでしょう。

 

さて、そんな主人公は、終わった恋の記憶を頭の中で反芻します。

甘い記憶が絡む「ラリーカールトン」の曲も実際にまた弾いてみたのかもしれません。

しかし、一通り恋の記憶をたどっても、現実に戻れば「何もかもあなたがいなければ 1から10までひとり 言葉もないままに生きてる」。

まるで抜け殻のような自分がいるばかりで寂しさが募ります。

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それでも二番では、恋の記憶に浸る部分が一番より少なくなってきます。

ただ、注目すべきは彼女の態度。

「つらいけど 涙 見せない」「情けない女になってしまいそな時にはサンバ」と、何故か彼女は強がっています。

 

二番の終わりの方でやっと泣くことが出来た彼女ですが、それも「馬鹿げた事ネと」一蹴してしまいます。

どうして、彼女は自身の悲しみに対してこんな態度を取るのでしょう。

 

まず考えられるのは、彼女は自分が弱い人間だと自覚しているからです。

かつての恋人の前では彼女は、そんな素のままの自分をさらけ出すことが出来ました。

彼はそれ程までに「やさしくて」、「言葉じゃなくて態度で 解り合えてもいたのに」とあるように彼女の弱さも黙って抱き締めて受け止めてくれる人だったのです。

しかし、もうその彼はいません。だから、彼女は強がるしかないのです。

 

それからもう一つの理由として、もし悲しみや苦しみのあまり泣いてしまったら、それは失恋の事実を認める行為になってしまうので、彼女は泣きたくないのだということも考えられます。

本来なら、思い切り泣いたりするのが、失恋から立ち直る王道の方法なのですけどね……。

しかし代わりに、彼女は別の行動をとります。

それは、「ピアノ」をひたすら弾くこと。

「雨の降る夜には ビリージョエル」の曲を、「情けない女になってしまいそな時にはサンバ」。

その日その時の気分のままに、彼女は色んな曲を弾きまくります。

そうやって「ピアノ」へと向かう中で、彼女は色んな感情を鍵盤にぶつけ、時に“どうしてこういう結果になっちゃったの?”とか“これからどうすればいいの?”など色んな問いを「ピアノに問いかけ」ます。

しかし、「ピアノ」は彼女が弾くままにその音を奏でるだけで答えてはくれません。

そうして彼女は悶々としたまま、「ピアノ」を「lonely play」し続けるのです。

 

こうしてみると、この歌は、失恋のショックと悲しみをまだ上手く受け止められずにもがく女性の心情を表現した歌だということが分かります。

こういう状態にあるということは、おそらく失恋してまだそんなに時間が経過していないのでしょう。

 

それでも、主人公の女性は、ひたすら「ピアノ」を弾くという独自の方法で、その悲しみ苦しみを吐き出しています。

これは、立ち直りの兆しではないでしょうか。

もしかしたら、全ての感情を「ピアノ」の音へと昇華した後に、彼女は初めて本当の意味で泣くことが出来るのかもしれません。

 

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まとめ

高田みづえ「私はピアノ」の歌詞の意味を考察しました。

終わってしまった恋を思い出し、寂しさと虚しさにうちひしがれた主人公の女性・・。

自分の分身のようにも思える大好きなピアノに語りかけても当然のことながら返事はありません。

それでも彼女はただひたすらにピアノを弾き続けるという内容でした。

 

歌詞の内容を表面的にとらえると失恋の悲しみを唄っているようにも感じますが、その悲しみを崇高な感情に昇華させるような美しさも感じます。

そのあたりを高田みづえが素晴らしい歌唱力をもって表現されているところがこの曲の魅力でもあるように感じました。

 

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