この記事は、大橋純子「たそがれマイ・ラブ」の歌詞の意味を考察します。
この曲は楽曲の素晴らしさに加え、切ない歌詞を大橋純子が圧倒的な歌唱力で歌い上げる名曲と言われています。
そんな、大橋純子「たそがれマイ・ラブ」の歌詞の意味を読み解いていきましょう。
大橋純子「たそがれマイ・ラブ」はどんな曲
【たそがれマイ・ラブ】
アーティスト:大橋純子
作詞:阿久悠
作曲:筒美京平
リリース: 1978年8月5日(日本フォノグラム)
★チャート最高順位
週間2位、1978年度年間40位(オリコン)
「たそがれマイ・ラブ」は1978年8月に大橋純子の10枚目シングルとして発売されました。
同年8月に放送されたテレビドラマ「獅子のごとく」の主題歌にも採用されました。
オリコン・シングルチャートでは1978年度の年間ランキング40位を記録しました。
また、受賞には至りませんでしたが、同年の第20回日本レコード大賞・金賞にもノミネートされました。
大橋純子「たそがれマイ・ラブ」の歌詞の意味を考察
今は夏。彼との時間は幸せだったし、ずっと続くと思っていた。
「幸せに溺れていた」ので、現実を見たくなかった。
見ないふりをしていたのがわかります。
夕立が降りあの夏の青い空は居なくなり「たそがれ」の時間がやってきた。
「たそがれ」とは夕暮れの意味もありますが終わりに近づくと言う意味もあります。
夕暮れは何処か悲しい気持ちにもなります。
「悲しみの日ぐれ」黄昏時。
2人の関係は終わりを迎えようとしているのです。
その事で彼女が「たそがれて」います。
「たそがれ」はぼうっと物思いにふける様子も表しています。
それは「珈琲カップ」を持った手を痺れさせるほどの時間だったのでしょう。
落としたカップは割れてしまい元には戻らない。
2人の関係が壊れてしまう事を重ねて不安な気持ちになってしまう彼女。
「私はただあなたの目を言葉もなく見つめるだけ」
もう一緒に居られない。とか言われたかのような衝撃を受けていますよね。
ショックで言葉も出ず、彼を見つめています。
「さだめといういたずらに」
「舞姫」という作品ではドイツに行った主人公がそこで「エリス」という女性に会い、恋に落ちる話。
しかし主人公は日本へ帰ってしまいます。
時代背景や国が違うため結ばれなかった2人。
そのような話を思い浮かべると「さだめといういたずら」の中身が考察できます。
珈琲カップを落として割ってしまったほどの物思いにふける表現は彼が日本へ帰るためで、一緒には行けないから。2人はひきさかれてしまう。
しかしまだここでは「ひきさかれそう」なので女性(きっと男性も)は諦めてはいなかったのでしょう。
まだ何とかなるのでは無いかと、望みを持っていたのでは無いでしょうか。
しかし「今は冬 そばにあなたはいない」
夏から冬に時が過ぎ、外は雪が舞っています。
「ひきさかれ」ここではもう「さだめ」により2人の関係は終わり迎えてしまいました。
彼はもうそばに居ません。
夏に割れてしまった「珈琲カップ」のように2人の愛もまた欠片のようになってしまった。
それでもあなたを愛していた事実は本物。胸の中では熱を帯びています。
彼から手紙が来ていることや、彼女の歌詞の内容の感じからすると不仲で別れたという事がない事が推測出来ますね。
震える手は冬で寒いから震えて居るのか。
彼からの手紙を感極まって読むから震えているのか。
手紙の文字は見慣れた彼の文字。
寒さも忘れて夢中になって読んだら、2人の「しあわせに溺れていた」あの日々を思い出した事でしょう。
「手紙の文字が赤く燃えて」
見慣れた彼の文字と日々を思い出し胸が熱くなる事を表現したのだと思います。
情緒ある表現だと感じます。
きっと手紙を抱きしめながら「あなたの背中にもたれかかる夢をみてる」のでしょう。
この時代でなかったら。
私とあなたが同じ国籍だったら結ばれたかしら?
この夢は叶わない夢と思いながらも「さだめといういたずらに ひきさかれそうなこの愛」と続きます。
女性も諦めきれない。また、彼も手紙を送ってくる。
お互い愛し合っている2人を引き裂くものが無ければこのまま結ばれたのに。
いつかは結ばれるかも知れないという夢を見続けるのです。
このようにこの歌詞は森鴎外の「舞姫」をイメージして書かれたものだと思われる表現が多いです。
また、「たそがれマイ・ラブ」は当初「ベルリンマイ・ラブ」であったとも書かれていることもあります。
ベルリンであれば石畳という歌詞も外国にいる彼女なのだと思えますが、歌詞の内容は女性か彼を思う表現である事。
「たそがれ」の方が、より悲しい表現や意味合いが深くなる事から「たそがれマイ・ラブ」としたのだろうと考察します。
まとめ
大橋純子「たそがれマイ・ラブ」の歌詞の意味を考察しましました。
夏から冬にかけての時間の経過と主人公の2人の心の距離、夏の昼間から黄昏まで。
文学のような情緒ある歌詞は素晴らしいですね。
さらにこの歌詞を大橋純子が抑え気味に歌うことで歌詞の内容が聞き手の心により深く伝わってくると思います。
聞くたびにこの曲の良さに気づかされます・・。
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