近藤真彦「ハイティーン・ブギ」の歌詞の意味を考察!

昭和歌謡
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この記事は、近藤真彦「ハイティーン・ブギ」の歌詞の意味を考察します。

「ハイティーン・ブギ」は、1977年にコミック誌に掲載された漫画を原作とし、1982年に近藤真彦のシングル曲として発売されました。

実写映画化もされ、当時一世を風靡した〝たのきんトリオ"が活躍。

それでは、近藤真彦「ハイティーン・ブギ」の歌詞の意味を読み解きましょう。

近藤真彦「ハイティーン・ブギ」はどんな曲

【ハイティーン・ブギ】

アーティスト:近藤真彦

作詞:松本隆

作曲:山下達郎

リリース: 1982年6月30日(RCA / RVC)

★チャート最高順位
週間1位(オリコン)、1982年度年間7位(オリコン)

「ハイティーン・ブギ」は1982年6月に発売された田原俊彦の7枚目のシングルです。

同年8月に公開された映画『ハイティーン・ブギ』では田原俊彦が主演を努め、この曲が主題歌として使われました。

1982年のオリコンの年間ランキングでは7位、売上は60.6万枚を記録するヒットとなりました。

 

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近藤真彦「ハイティーン・ブギ」の歌詞の意味を考察

〝ハイティーン″とは十代後半、高校2、3年生から19歳までを指します。

〝ブギ″は〝ブギウギ″の略で音楽やダンスのリズムの一種のことで、主にピアノで、ブルースを演奏する際に使われる手法です。

 

「海辺にバイクを止めて」この物語の舞台は横浜。

海辺とは言っても砂浜ではなく山下公園辺りでしょうか。

近藤真彦さん扮する主人公、翔は暴走族のリーダーとして君臨し、いわゆる不良少年でした。

高校のクラスメイト、桃子にひと目惚れします。

「一瞬マジにお前を抱いた Lovely Night」これは〝抱き寄せた″と言う意味です。

この「ハイティーン・ブギ」がリリースされ映画が公開されたのは1982年ですが、この時代に〝マジ″と言う言葉があったのが驚きです。

翔の母親は亡くなり父親は大財閥の会長。

何不自由のない生活ですが、父親は翔の本当の気持ちを理解しようとせず平行線。

バイクを駆り、仲間とつるむことで寂しさを埋め、同じように傷つき愛を求める者同士、傷を舐め合って生きて来ました。

 

一方の桃子も、母親は未婚で桃子を生み、桃子が3歳の時に病死。

父親はどこの誰なのか、誰も知りません。親戚に引き取られ、肩身の狭い思いをして暮らしています。

たびたび酷い仕打ちや体罰を受けることも。それでも明るく、健気にふるまう桃子に翔はどんどん魅了されて行きました。

「お前が望むなら ツッパリもやめていいぜ」

桃子にぞっこんな翔は、ありとあらゆる手を尽くして必死にアプローチをしますが桃子は見向きもしません。

更に〝暴走族とリーゼントをやめたらつきあってあげてもいい″と言い放ちます。当然、翔がそれをやめられるわけがない、と目論んでのことでした。

ですが翔は、すっぱりとそれをやめたのです。

いかに彼が、桃子に惚れ込んでいるかが良くわかる一節と言えましょう。

 

こうして翔にとって桃子はかけがえのない存在となって行き、桃子も翔に少しずつ心を開いて行きました。

この〝ツッパリ″と言うワードも時代を感じさせます。この時代のいわゆる不良と言われていたスタイルは、今となっては滑稽でしかありません。

翔が暴走族を抜けたことを良く思わないかつてのメンバーは、桃子のせいだと彼女を恨み、仲間をたきつけて桃子に刃を向けます。

傷つけられた桃子を初めてバイクの後ろに乗せた翔の想いは、どんなに複雑だったことでしょう。

ここで泣いているのは桃子以上に翔なのではないか、とすら思えます。

「黒いRay-ban外す 俺の眼に嘘は無いさ」

この頃流行したレイバンのサングラス、ロックンローラーなテイストが、やはりその時代の象徴と言えそうです。

 

親戚に執ような酷い仕打ちを受け、身も心も傷つき希望を失った桃子は家出をし、翔と二人で暮らし始めます。

それまで父親の財力で裕福な暮らしに甘んじて来た翔は、生まれ変わったように自らの力で稼ぎ桃子を守り抜く覚悟を決めます。

引き返せない,とわかった時にはもう若くはないのです。

若い二人が寄り添い支え合い、行きついた先には、どんな未来が待ち受けているのでしょう。

 

「自分の人生は自分で決めてやる それがサイコー」それまで父親の庇護のもと、ぬくぬくと苦労なく暮らしていた翔が男として目覚めた瞬間です。

愛し合う二人を、誰も止めることはできません。

高校中退の二人はなかなか仕事にもありつけず、必死でもがきます。

ここは翔の不甲斐ない、苦しい心の底からの、血を吐くような叫びだったのです。

 

「明日こそお前を倖せにしてやる」の〝倖せ″には、にんべんがついています。

〝幸せ″との違いについては諸説あり、作詞の山下達郎がなぜこの字をあてたのか、知る術はありません。

しかし、自分自身で感じる個人的な幸せではなく、人との繋がりによって生まれるしあわせ、という意味合いを持たせたかったのではないか、と言う気がしてなりません。

 

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まとめ

近藤真彦「ハイティーン・ブギ」の歌詞の意味を考察しました。

愛する人のために暴走族をやめ、親戚から虐待を受けた桃子を連れて二人で暮らし、生活のために一生懸命にもがく翔の生きざま・・。

描かれた時代背景は現在とは少し異なりますが、今でも人々の心に響くのは時代を超えて心に訴える何かがあるからなのでしょう。

自分のためではなく、愛する人のために一生懸命にがんばる男。そうすることが彼の幸せに通じるかのようです。

そうした若者の姿を応援したい気持ちが私たちの心の中にあるからなのでしょうか。

 

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