田原俊彦「哀愁でいと」の歌詞の意味を考察!小林和子の日本語詞が魅力

昭和歌謡
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この記事は、田原俊彦「哀愁でいと」の歌詞の意味を考察します。

「哀愁でいと」は、1978年6月に発売された、トシちゃんこと田原俊彦のデビュー曲です。

当時、たのきんトリオが出演するドラマ『ただいま放課後』の挿入歌にもなっていました。

それでは、田原俊彦「哀愁でいと」の歌詞の意味を読み解いていきましょう。

田原俊彦「哀愁でいと」はどんな曲

【哀愁でいと】

アーティスト:田原 俊彦

作詞・作曲:Andrew Joseph DiTaranto/Guy Hemric

日本語詞:小林 和子

プロデュース:ジャニー喜多川

リリース:1980年6月21日( NAVレコード)

★チャート最高順位  週間2位(オリコン)、1980年度年間10位(オリコン) 

「哀愁でいと」の推定のシングル売上枚数は71.9万枚(オリコン)と田原俊彦のシングルでは最大のヒットとなりました。

田原はこの曲で1980年大晦日「第31回NHK紅白歌合戦」での初出場を果たしました。

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田原俊彦「哀愁でいと」の歌詞の意味を考察

この曲は、アメリカの男性アイドル歌手であったレイフ・ギャレットの楽曲「NEW YORK CITY NIGHTS」の日本語カバーです。

 

主人公の男性は、朝日の差し込むベッドの上で目を覚まします。

その横では女性がまだスヤスヤと眠っています。

 

男性はまだ少しぼーっとする頭で、昨夜の出来事を振り返ります。

 

昨日、出逢ったばかりのふたりは、一緒にお酒を飲むうちに盛り上がり、その勢いで一夜を共にしたのでした。

男性が女性を口説き、お互い良い気分でお酒を進め、羽目を外して馬鹿みたいに大はしゃぎしたのを覚えています。

しかしその興奮は、朝になるとすっかり冷めていました。

男性は、酔いが醒め、現実に戻ってしまったことをどこか残念に感じているようです。

 

一夜限りのアバンチュールだったと割り切るならば、情が移るようなことは言いたくないし、言ってほしくない。

お互いのことなど何も知らないままが良い、そう男性は思っています。

寝ている女性に赤い薔薇の花でも放り投げ、彼女が起きる前に部屋を出ようかと考えています。

 

きっとこの男性は、自身で「罪な奴」と言っているように、女性が一夜の誘いに乗っても良いと思えるようなハンサムな色男なのでしょう。

本人もそれを自覚しており、いつも違う女性とこんな風に一夜を過ごしているのです。

そんな刹那的な関係は、恋人ごっこをしているようで、酔いが醒めた後に残るのは、物悲しさだけでした。

『デート』を『でいと』と表記することで、本物の恋ではない虚しさを自虐していることがうかがえます。

 

そもそもこのふたりは酔った勢いで一夜を共にしただけです。

いわゆる『デート』らしいことなど何一つしていません。

もしかしたら彼は、『普通のデート』とはどんなものかを知らないような世界に身を置いているのかもしれません。

聴く者にとっては、なんだかまるで、当時スーパーアイドルであった田原俊彦本人がこの曲の主人公であるかのようにも感じるでしょう。

 

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『こんな時間は終わりだ、おさらばだ』と男性は思いますが、それでも何故か、もう一度彼女の笑った顔が見たいという気持ちも感じていました。

女性に対しそんなふうに感じるのは初めてでした。

 

男性がそんなことを考えているうちに、女性が目を覚まします。

ふたりには、特に会話らしい会話もありません。

彼女は身支度を終えると、彼より一足先にホテルを出ていきました。

 

彼は部屋の窓辺に腰掛けています。

そして、去っていく彼女の後姿を見ていました。

彼女が振り向く様子はありません。

 

「Yellow GT」の「GT」とは、グランツーリスモの略で、スポーツカータイプの車を指しています。

1980年代、車を持つことは男性にとってステータスでした。

特にスポーツカーは、乗っているだけで女性にモテると言われる時代でした。

 

後ろからやって来た黄色いスポーツカーは彼女の横に止まると、運転席の男がなにやら彼女に話しかけています。

すると彼女はその車に乗り込み、そのまま車は走り去っていきました。

どうやら女性の方は、また次の遊び相手を見つけたようです。

その様子を見た彼は、『そんなもんさ、愛だの恋だの面倒なことはごめんだ』と思います。

 

自分も部屋を出ようと、左手で「あばよ」とドアに殴り書きすると、感情のままに更にそれを殴りました。

一夜限りのアバンチュールだったはずなのに、自分でコントロールできないほどに心を支配されているようなこの感情の正体は一体何でしょう?

 

男性は、一夜限りの相手に恋をしてしまったようです。

しかし、彼女はもう去ってしまった後です。

連絡先はおろか、彼女の名前すら聞いていません。

 

ふたりはもう二度と会うことはないでしょう。

空に稲妻が走る時、『稲妻だ』と思う時にはもう閃光は消えてしまっているのと同じように、それは一瞬の恋で、消えた後に気付くものでした。

 

彼は心の中で何度もリフレインします。

『こんな時間は終わりだ、おさらばだ』と。

 

それは、自分の感情に振り回されないように、自分を保つ術なのでしょう。

彼は本来、女性に薔薇の花を投げようとするようなキザな男性です。

フランクに女性と遊ぶのにも慣れています。

恋に破れたり、振られたりなんて事とは無縁だったはずです。

 

「もう二度と・・・」と余韻を残すのは、もう二度と彼女に会えないことを嘆き悲しむ気持ちでしょうか?

それとも、もう二度とこんな不毛で刹那的な火遊びはしないぞという決意の気持ちでしょうか?

 

彼は更に繰り返します。

『こんな時間は終わりだ、おさらばだ』と。

そこには、本物の恋を欲する気持ちが見え隠れしているようです。

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まとめ

田原俊彦のデビュー・シングル「哀愁でいと」の歌詞の意味を考察しました。

トシちゃんと言えば、泣く子も黙る1980年代のスーパーアイドルですね。

還暦を過ぎた今でも、当時と変わらないスタイルでキレキレのダンスを踊り、ファンを魅了し続けています。

アイドルとしてデビューした少年はスーパースターとなり、そしてエンターテイナーに成長しました。この先もずっとずっと生涯現役であってほしいと思います。

 

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