尾崎豊「15の夜」の歌詞の意味を考察!盗んだバイクで走り出すとは?

昭和歌謡
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この記事は、尾崎豊「15の夜」の歌詞の意味を考察します。

「15の夜」は1983年に発売された尾崎豊のデビューシングル曲です。

「盗んだバイクで走り出す」という、パンチのあるフレーズは若い世代でも聴いたことがあると思います。

そんな尾崎豊「15の夜」の歌詞の意味を読み解いていきましょう。

尾崎豊「15の夜」はどんな曲

【15の夜】

アーティスト:尾崎豊

作詞・作曲:尾崎豊

プロデュース:須藤晃

リリース: 1983年12月1日( CBSソニー)

尾崎豊の「15の夜」は1983年12月に発売されたスタジオ録音盤の他、「15の夜(ライブ)」というライブ盤も1993年4月25日に13枚目のシングルとして発売されています。

こちらは1991年10月30日の代々木オリンピックプール公演から収録されたものです。

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尾崎豊「15の夜」の歌詞の意味を考察

尾崎豊のデビュー曲であり、彼の代表曲でもある「15の夜」。

この曲は、尾崎豊の実体験から生まれています。

中学校時代の頭髪検査で、彼の友人が教師から髪の長さを指摘され、そのままバリカンで髪の毛を刈られてしまったという出来事があったのです。

これに激怒した尾崎やその仲間たちは、教師への反抗心から家出の計画を立てたそうです。

そんな実際の出来事から生まれたのが、この「15の夜」です。

 

時代背景として、尾崎が中学生時代を過ごした1980年代は、校内暴力や非行、いじめが社会的な問題となっていました。

歌詞の中に、未成年者の窃盗や喫煙の描写があるため、リリース当時のみならず現代でも様々な意見がある楽曲です。

そういった描写を部分的に切り取るのではなく、尾崎がこの曲にどんな思いを込めたのか、この曲を通して伝えたかったのはどんなことなのか、という視点でこの曲を読み解いていきましょう。

 

尾崎がこの曲を作詞したのは、まだ10代の頃です。

10代の青年が、自分の見ているもの、感じていることをこれほどまでに明確に言語化していることにまず驚きます。

 

学校や職場、家庭で起こる些細な出来事に、苛立ったり、気分が落ち込んだりすることは、誰しもが日常的に経験していることでしょう。

多くの人は、そういったネガティブな感情は自身の内側に溜め込んでしまいがちです。

状況や経験に対し、自分はどのように感じたか、思考し、整理し、アウトプットすることはなかなか簡単なことではありません。

 

1番の歌詞ではまず、授業中の教室で、教師の言葉などどこ吹く風という状況の主人公を描いています。

「落書きの教科書と外ばかり見てる俺」という一文で、時と場所と状況を的確に表現しています。

学校や社会のルールの中で、葛藤やストレスを抱えている様子がうかがえます。

でもそれを、どうやって咀嚼して飲み込んだらいいのか分からず、かと言って、どうやって吐き出したらいいのかも分からないのです。

 

 

 

そんな日常の中で、冒頭の出来事が起こります。

尾崎は仲間と共に家出の計画を立て、そして「盗んだバイクで走り出す」と行動に移します。

 

その行為は、何処へ行きたいのか、何がしたいのか、そして自分が何者なのかという答えのない問いへの等身大の叫びであり、この曲の核となる部分です。

彼にとって、仲間と一緒に夜の街をただ走っている時間は、大人たちや規則から逃れ「自由になれた気がした」のです。

 

2番の歌詞では、若い恋について描写しています。

ふたりは将来を夢見るような気持ちでいますが、中学生の恋愛となると大人目線から見れば、やはり配慮すべき点が多いのでしょう。

恋愛よりも勉強に力をいれるように言われていたことがうかがえます。

ここでもまた、尾崎が規則やルールに縛られるような感覚を覚えていることがわかります。

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そんな心情の中、夜の自動販売機で缶コーヒーを1つ買ったというシチュエーションが描かれています。

「100円玉で買えるぬくもり」という表現はなんとも印象的です。

わずか100円で、体の冷えは温めることができる、しかし冷えた心までは温めることができないということを言いたかったのかもしれません。

 

尾崎にとって、冷えた心を温めるものとは何でしょうか?

それは決して恋の成就という即時的なものではありません。

この曲で一貫して訴えている「自由」です。

「自由」とは、非常に抽象的な概念ですが、彼にとっては、何者にも縛られず自分で選択して、自分で行動することを指すのではないでしょうか。

 

尾崎は当時、10代のカリスマと呼ばれました。

この曲は、「盗んだバイク」「覚えたての煙草」という歌詞がフィーチャーされがちです。

それと対比するような、「自分の存在がなんなのかさえ解らず震えている」という繊細さや「星空を見つめている」という純粋さが、ティーンエージャーならではの心の機微を丁寧に表現していると感じます。

尾崎が多くのティーンエージャーに支持されたのは、こうしたやり場のない叫びを等身大の言葉で綴ったからではないでしょうか。

 

そして彼らの15歳の夜の出来事は、「自由になれた気がした」と終結しています。

決して、自由を手に入れたわけではないのです。

 

尾崎はまだ自由を求め続けます。

この曲を作成し、自ら歌ったこと自体が、尾崎にとっては求めていた自由のひとつの形だったのではないでしょうか。

まとめ

尾崎豊「15の夜」の歌詞の意味を考察しました。

尾崎豊には「15の夜」以外にも、「I LOVE YOU」「OH MY LITTLE GIRL」「僕が僕であるために」など、人の心を打つたくさんの名曲があります。

それらの名曲は、尾崎の長男である尾崎裕哉さんによって歌い継がれています。

テレビ番組で、彼が「I LOVE YOU」を歌うのを見たことがあります。

尾崎よりも幾分線の細く、ソフトな好青年といった印象ですが、歌声を聴いてびっくりしました。
力強くも切ないその歌声は、尾崎を彷彿とさせるものです。

ぜひ聞かれてみてください。

 

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