この記事は、石井明美「CHA-CHA-CHA」の歌詞の意味を考察します。
1986年に発売されたテンポよく明るいノリのこの曲は、TVドラマの主題歌に起用され、1987年春の選抜高等学校野球大会の入場行進曲にも採用されました。
それでは、石井明美「CHA-CHA-CHA」の歌詞の意味を読み解いていきましょう。
石井明美「CHA-CHA-CHA」はどんな曲
【CHA-CHA-CHA】
アーティスト:石井明美
作詞:G.BOIDO
日本語訳詞:今野雄二
作曲:B.REITANO, B.ROSELLINI, F.BALDONI, F.REITANO
リリース: 1986年8月14日( CBS・ソニー)
★チャート最高順位
週間1位、1986年度年間1位(オリコン)
「CHA-CHA-CHA」は1986年8月に石井明美のデビューシングルとして発売されました。
オリコンのシングルチャートでは1986年度の年間ランキング1位、売上枚数も53.0万枚を記録しました。
この曲はイタリアのダンスグループ、フィンツィ・コンティーニのシングル曲のカバーです。
TVドラマ「男女7人夏物語」の主題歌としても有名です。
石井明美「CHA-CHA-CHA」の歌詞の意味を考察
石井明美「CHA-CHA-CHA」の歌詞の意味を、原曲も参考にしてこの考察していきます。
冒頭は「Baby, Get On My CADILLC」
ベイビー、キャデラックに乗ってデートしようぜ。
とナンパされるところから始まります。
それにそれに対し、「Oh No, I Wanna Dance My CHA CHA」
まあ、私はチャチャを踊りたいのよね。と返しています。
このやり取りは初め日本語だったそうなのですが、石井明美が恥ずかしいと言う理由で歌詞が一部英語になったそうです。
当時はバブル期の中頃、高級車と言えば外国車だったのでしょう。
今ではクラウン、レクサスなどの高級国産車は外国車には負けていませんね。
「街で噂の」ナンパされる程のいい女性ですが、「辛くち」「スパイシー・ギャル」というところから気の強い一面を持っていることがわかります。
ナンパもお断りできる自分に自信を持った強い女性なのでしょう。
この頃は女性もしっかり働けて自立できるようになってきた時代。
とはいえ数年働き寿退社をしようと考える女性の方がまだまだ多かったでした。
そんな時代の中で出てきた強くてバリバリ働くカッコイイ女性…、憧れますね。
しかし、現在では女性もしっかり働くのは普通です。
キャリアウーマンという言葉ももはや使われることはありません。
この時代が1番この様な女性が輝いていたかも知れません。
「花の金曜日」この時代は仕事が終わると、イケてる女性はディスコに…。
この言葉が流行ったのもこの時代。
翌日の事を考えることなく自分の時間を過ごす時間です。
現在でも少しまた言葉として流行ってるそうですが、何処で流行ってるのでしょうね。
「格好だけならまた今度」
ナンパも中身が伴ってないと心が惹かれませんよね。
カッコつけて声掛けてもらったけどそんな気分じゃないの。
私はディスコに行って踊りたいだけだから出直して来てねおやすみ~!と言った所でしょう。
ここまでがカバーである日本語の歌の歌詞です。
サビの部分は原曲と同じく「I Wanna Dance Do You Like CHA,CHA,CHA」
私はあなたの好きなチャチャチャを踊りたい。
このタイトルにもあるCHA-CHA-CHAとは、社交ダンスのチャチャチャのステップもありますが、原曲が80年代にヒットしているイタロ・ディスコと言われるジャンルの曲なのでディスコで踊る様なイメージなのでしょう。
「Romancin’ 気分」は、原曲では、「Let’s make a romance on my cha」の辺りで、私のチャチャチャでロマンスを作りましょうと言う意味でしょう。
日本語歌詞のみにある「A Virgin 気分」とは、『こんな良い気分、初めてよ?』のような感じを表していると思います。
バブルという好景気、人生の充実さと、楽しさを感じられたでしょう。
こんな素敵な人生、大人の恋愛。
気の強いイケてる女性がトレンドだったのもよく分かりますね。
そんな時代を象徴した歌詞であると思えます。
肌を染めるほどのバラ色の感情や、「ほろ苦いファンタジー」という歌詞は、冒頭ではナンパを断ってはいましたが、気分が盛り上がり、いい男に声を掛けられるのを待ってたのかも知れませんね。
原曲に男性と女性の掛け合いがあります。
私のチャチャが好き?
素敵だよ。
今夜は私と踊りましょう。
となっています。
日本のカバーの曲とは少し違いますが、こんな出会いを求めて花の金曜日にはディスコに出かけたのでしょう。
まとめ
石井明美「CHA-CHA-CHA」の歌詞の意味を考察しました。
この曲が生まれた1986年は和暦では昭和59年はいわゆる「バブル期」の時代でした。
この曲から感じられるノリの良い明るくパワフルな雰囲気は、改めて素晴らしく思います。
バブル期を知らない世代でもきっと当時の曲だよねとお分かりいただけるのではないでしょうか。
元気な時代に再び戻ってほしいものだと思いました…。
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