丸山圭子「どうぞこのまま」の歌詞の意味を考察!和製ボサノバの名曲

昭和歌謡
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この記事は、丸山圭子「どうぞこのまま」の歌詞を意味を考察します。

「どうぞこのまま」はボサノバのメロディーと男女の愛をしっとりと歌い上げる丸山圭子の名曲です。

1970年代後半のニューミュージック流行の中、ヒットした丸山圭子「どうぞこのまま」の歌詞の意味を読み解きます。

丸山圭子「どうぞこのまま」はどんな曲?

【どうぞこのまま】

アーティスト:丸山圭子

作詞・作曲:丸山圭子

編曲:青木望

リリース:1976年7月5日  (キングレコード)

「どうぞこのまま」は丸山圭子の3枚目のシングルとして1976年7月に発売されました、累計で売上52万枚のヒット曲となりました。

丸山圭子は埼玉県浦和市(現さいたま市)出身の出身のシンガーソングライター、作詞作曲家です。

シンガーソングライターとして自ら歌うほかにも作詞作曲家としても山口百恵、南沙織、岩崎宏美、石川ひとみ、麻丘めぐみなどの多くの歌手に楽曲を提供しています。

また「どうぞこのまま」は、岩崎宏美、研ナオコ、森川七月、八代亜紀、伊東ゆかり、由紀さおり、ジュディ・オングなどの多くの歌手にカバーされています。

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丸山圭子「どうそこのまま」の歌詞の意味を考察

それでは、丸山圭子「どうそこのまま」の歌詞の意味を想像力をふくらませて読み解いていきましょう。

主人公の女性が彼と会う日は何故かいつも決まって雨が降っていました。

雨は一日中降り続き、ほかに何もすることもないので、ふたりはただ肌を合わせていました。

いいえ、雨が上がったとしても、仮に朝からいいお天気だったとしても、太陽の下、手を繋いでデートをするようなふたりではありません。

 

雨にはたくさんの象徴的な意味があります。

悲しい時に降る雨は、自分の心情を表すかのように『空が泣いている』と言います。

過去の過ちを悔いている時に降る雨は、それを浄化してくれるかのように『雨が洗い流す』と言います。

悲しみの真っ只中にいる時は、その後に必ず幸せが待っていると信じ『雨の後には虹が出る』と言います。

 

雨は心の代弁者であり、再生や幸福の起点です。そしてまた、雨は人の感情を大きく左右します。

雨の日は日照時間が減ることで、脳内の神経伝達物質であるセロトニンの分泌が不足します。

セロトニンは、幸せホルモンとも呼ばれ、気持ちの安定や安心感を保つ働きをしています。これが不足することで、精神のバランスが不安定になるのです。

雨の日は、気分が沈んだり、どうでもいいと投げやりになったり、負の感情に落ちやすいのはこのためです。雨は憂鬱や喪失の象徴でもあります。

 

日本語には、雨の呼び名が400種類以上もあると言われています。

春雨や五月雨などといった季節による呼び名のほかに、雨の降り方によっても呼び名があります。

激しく大量に降る雨を豪雨、突然降ってきてすぐに止んでしまう雨を俄雨などと呼びます。

 

雨が印象的なこの曲は、どんな時代のどんなふたりを歌っているのでしょうか?
そして、ふたりに降る雨はどんな雨でしょうか?

時代はきっと1970年代に入った頃。舞台は都会の夜。
日本は高度経済成長のさなかにありました。

若者たちは、組織や体制に縛られることを拒み、自由と平和を求めていました。
社会への反骨精神を音楽やファッションで表現する新しい文化も生まれました。

 

男は、数年前まで学生運動の渦中に身を置いていました。

自分たちの力で革命を起こし、社会を変えようと、あり余るエネルギーのすべてをそこにぶつけていました。

しかし、一部の過激派の武装化、社会情勢の変化などにより学生運動は急速に失速していきました。

心血を注いでいた生きる目的を失い、男は燃え尽き症候群のような状態でした。

街ではニューミュージックが流れ、ヒッピーファッションを身に纏った若者たちが青春を謳歌しています。

 

女は、名家の生まれで裕福な家庭に育ち、何不自由ない生活を送っていましたが、心はいつも退廃的な気分に支配されていました。

女は親が思うような純潔ではありません。

やがては親の認める誰かと結婚するでしょう。確かな愛など求めていないし、信じてもいません。

女は毎日を退屈に思い、不特定多数の男たちと刹那的な時間を過ごすことで気を紛らわせています。

男はそんな中のひとりです。

 

どこで出逢ったのかは覚えていません。

ただ、生き急ぐように何かに熱中する男の眼差しが、自分とは異世界の住人に思えて、そこに触れてみたくなったのです。

その熱に憧れたのかもしれません。溶かされたかったのかもしれません。

 

男の熱に触れている時間は、女にとって生きていることを実感できる唯一のひと時となっていきました。

理想社会の実現なんて女は信じていませんが、男が、相槌も待たず御託を並べるのを聞くのが好きでした。

男の話を聞きながら女が考えるのは、男のエネルギーはどこから湧き出てくるのかということでした。

危うい道を突き進む男は、女にとってとてもスリリングで、日常を忘れさせてくれるのでした。

 

やがて学生運動が下火となり、男が抜け殻のようになってからも関係は続いていました。

ただただ惰性で続くこの関係は、女にとってもう何の意味も持ちません。

 

それでも「どうぞこのまま」と歌うのは、この時間がずっと続いて欲しいという希望ではなく、日常へと戻る煩わしさへの抵抗です。

煙草をふかす男の背に向かい、女は言います。

「さよなら」

男は振り向きません。

外はまだ雨が降り続いています。

しとしとと纏わりつくように長く降り続く『地雨(じあめ)』です。

 

傘も差さず歩く女の頬には涙が伝っています。

女は、なぜ涙がこぼれるのか理解できないフリをしようとしましたが、心ではなく体が解っていました。

以前のような熱さはなくなったけれど、それでも肌を合わせれば確かに温かい温度が伝わっていたことを。

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まとめ

丸山圭子「どうぞこのまま」の歌詞を意味を想像力をふくらませて考察してみました。

この曲は1976年発売とはいえ、現在でも古臭さを感じることはなく、名曲であり続けています。

多くの歌手にカバーされるのもなるほどとうなずけます。

歌詞の内容は男女の愛と別れの内容ですが、ボサノバのリズムと丸山圭子の少しけだるいような歌声が何ともいえない癒しを感じます。

1回、2回・・と聞き込むほどにリラックスして心が落ち着いてきます。

昭和世代だけでなく、平成の世代、そしてこれからの令和の世代の方にも末永く聞いていただきたいと思わせてくれる昭和歌謡の名曲のひとつです。

 

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