井上陽水「少年時代」の歌詞の意味を考察

昭和歌謡
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この記事は、井上陽水「少年時代」の歌詞の意味を考察します。

「少年時代」は、1990年に販売された井上陽水の29枚目のシングルです。
映画『少年時代』の主題歌として作られ、また長期間にわたりヒットしました。

それでは、井上陽水「少年時代」の歌詞の意味を読み解いていきましょう。

井上陽水「少年時代」はどんな曲

【少年時代】

アーティスト:井上陽水

作詞:井上陽水

作曲・編曲:井上陽水・平井夏美

リリース: 1990年9月21日(フォーライフ)

★チャート最高順位  週間4位(オリコン)、1991年度年間25位(オリコン) 

「少年時代」は、シンガーソングライターである井上陽水が1990年9月にリリースした29枚目のシングルです。藤子不二雄A原作の映画『少年時代』の主題歌として作られました。

長期間にわたりヒットを続けて累計シングル売上は136万枚、井上陽水の最大のヒット曲となりました。

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井上陽水「少年時代」の歌詞の意味を考察

この歌が、井上の実体験に基づいているとするならば、舞台は、昭和30年代前半の福岡でしょうか。

ラジオから流れる洋楽に胸ときめかせた音楽少年の、夜明け前の時代です。

歳を重ねて、円熟味を増した井上の歌声は、はるかに遠く蜃気楼のように霞む、子供時代の自分を慈しむような響きを感じさせます。

元気いっぱいに野山を駆け回る、井上少年の背中を見失わないように、私たちも童心にかえってこの歌の世界を探検してみましょう。

 

昔は、タチアオイがてっぺんまで花開くと、暑さの峠だと言われていました。

時は盆を迎え、初秋の風物詩、野あざみがちらほらと花開く季節です。

 

少年は10歳をいくつか過ぎた頃でしょうか。夏の終わりの侘しさが、子供でいられる時間の残り少ないことを、暗に象徴しています。

一緒に泥だらけになって遊んでいた幼馴染も、このごろはめっきり口数が少なくなり、この夏休みは顔を合わせることも無くなりました。

 

まるで自分だけが幼いまま、時が止まってしまったかのような寂しさが、突風のように少年の心を駆け抜けます。

くるくると移り変わる心は、まるで夏の雲のように息つく暇もなく、形を変えていきます。

 

無防備な少年のままで許される時間は、人生のほんの数ページにすぎません。

やがて少年は、誰にも教えられずとも、心を漆のように黒く、鋼のように硬い殻で覆い、護るすべを身につけます。

 

愛されたい、甘えたい、一人にしてくれ、僕を見てよ、俺の心に踏み入るな。

うるさい、黙れ。

現実と理想のギャップに対する苛立ち、ままならぬ己への自己憐憫と自虐、己の存在意義。

早く独り立ちしたい。大人になることが怖い。

殻の中では矛盾する感情が嵐のように渦巻き、殻の外では吹雪のつぶてが容赦なく襲い掛かります。

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やがて雪がやみ、殻を脱ぎ捨てた時、少年は自分がすっかり大人になっていることに気づきます。

幼いころに憧れた、紙芝居のヒーローにもなれず、思春期に憧れたロックバンドのメンバーでもない自分。

 

でも、これも悪くない。

カタカタと鳴る映写機の音に振り返ると、暗闇に映し出されているのは、こちらをみつめる浴衣姿の幼い自分です。

 

薄闇に、ぽつり、ぽつりと、かがり火が点り、どこからともなく聞こえてくるのは、祭囃子と子供たちのはしゃぐ声。

うっすらとオレンジ色に染まるスクリーンの中、見覚えのある顔ぶれたちが押しあいへしあいしながら、櫓の周りを踊ります。

 

誰もいない映画館で、かすかに軋む椅子に腰かけ、彼は子供たちと一緒に、懐かしい祭囃子を口ずさみます。

子供のころも決して楽しいことばかりでは無かった。未来への希望は、いつも恐怖と背中合わせだった。

泣き虫、わがまま、甘えん坊の意地っ張り。

どいつもこいつも、揃ってみんな、腹をすかせた、どうしようもない悪たれだった。

 

つまらない毎日でも、目の前の打ち上げ花火のように、色とりどりの火花がきらめく瞬間があった。

今もそうだ。

散った火花は、満天の星になったんだ。

また今年も、野あざみが、風に揺れる季節がやってきました。

 

お前が憧れていたような、かっこいい大人にはなれなかったけれど、今の人生も悪くはないよ。

焦らなくていいさ。怖がる必要もない。

お前が歩けば、足跡という道が出来る。それが長いか短いか、俺とお前の違いはそれだけだ。

 

歩みを止めるな。

彼の心には、今、高い、高い水色の空がどこまでも広がっています。

 

「少年時代」は、現在、学校の唱歌としても歌われています。

この歌を歌う子供たちが、この歌詞にこめられた本当の意味に気づくのは、いつのことでしょうか。

 

十人いれば十色の子供時代があるように、大人になって気づくことも、その道のりも、ひとりひとり違います。

しかし、この曲が30年の時を超えて、幅広い世代に愛されるのは、誰もがかつて、胸に秘めた雲母のような輝きを、そのまま歌として表現できているからのような気がするのです。

まとめ

井上陽水「少年時代」の歌詞の意味を考察しました。

フォーク全盛期の時代に彗星のように現れた井上陽水。

井上陽水が綴る独創的な世界観、既成の枠にとらわれない斬新なメロディラインは数々のアーティストの心をとらえ現在に至るまで、たくさんの名曲を提供しています。

 

「氷の世界」「メイクアップシャドウ」など、シニカルでトリッキーな言葉づかいが得意な井上陽水。

しかし、この「少年時代」では日本語の持つ美しさ、叙情性を存分に生かして、心象風景の描写に力を入れているのが見てとれます。

「少年時代」はこれまでも、そしてこれからも多くの人々の心をつかんで離さないことでしょう。

 

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