寺尾聡「ルビーの指環」の歌詞の意味を考察!歌われた時代背景は?

昭和歌謡
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この記事は、寺尾聡「ルビーの指環」の歌詞の意味を考察します。
今では名優として名高い寺尾聡ですが、レコード大賞の受賞歌手でもあります。

あなたもこれを読めば寺尾聡の名曲「ルビーの指環」の歌詞の意味を深く知ることができます。

1981年、大人から子どもまでにルビー旋風を巻き起こした名優“寺尾聡”の大ヒット曲「ルビーの指環」を読み解いてみましょう。

寺尾聡「ルビーの指環」ってどんな曲?

【ルビーの指環】

アーティスト:寺尾聡 

作詞:寺尾聡、作曲:松本隆

編曲:井上鑑、プロデュース:武藤敏文

1981年2月5日 リリース (東芝EMIレーベル)

第23回日本レコード大賞、FNS歌謡祭・大賞
第12回日本歌謡大賞・大賞 オリコン10週連続週間1位、及び年間1位
TBS系ザ・ベストテン12週連続1位 

寺尾聡「ルビーの指環」の発売は1981年2月であったにも関わらず、長い間日本の音楽チャートにその名を残し、売上枚数は約160万枚。その年のレコード大賞輝きました。

また伝説の音楽番組TBS「ザ・ベストテン」では12週連続1位という番組史上最高の連続1位記録を樹立。

さて、この「ルビーの指環」、よく「指環」を「指輪」と間違えて表記されますが、正式には「指環」、“環”です。

どちらも“ゆびわ”で間違いはないのですが、もし表現を分けるなら愛情や絆、友情など想いに関わるものが「指環」、単なるオシャレとしてのアクセサリーを「指輪」と表現するとも言います。

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寺尾聡「ルビーの指環」の歌詞の意味を考察!

「ルビーの指環」の歌詞は愛する女性と別れ、2年以上の年月彼女を想い続け忘れなられない男性の哀愁と回想の物語です。

「女々しい~!」と思ってしまう方もいるかと思いますが、男が心の底から情熱的に誰かを愛し、人生の最後に想う人がいるとすれば、こんなこともあるのではないでしょうか?

時として、女性より男性の方が“忘れられない想い”をずっと持ち続けているのかもしてません。
そんなストーリーの「ルビーの指環」ここでは、あえて突っ込みどころ満載に勝手に考察してみましょう。

おそらく、曲冒頭の「曇りガラス~貴方を失ってから」までと、最後のサビ部分「そして二年の~貴女を失ってから」までは現在で、それ以外は回想のようなものかもしれません。

まず、曇りガラスは室内と外を隔てるもの。外は風の街、そして内側は室内、男は今もその時も同じような場所にいるのでしょう。

“問わず語り”とは簡単に言えば独り言。
彼女と別れたあの時と同じ場所で独り言をブツブツ語っているのでしょう。

しかも自分で「切ない」と言っています。
ちょっとコワイです、はたから見たら変な人です。

貴女を失ってからは、男の命は枯葉よりも軽いと言います。
枯葉は冬に向けての準備で樹が養分を届けられないので散って飛んでいくもの。
人間で言えば抜け毛です!

そんな自虐的にならなくても…と思ってしまいます。
でも大丈夫。彼は2年もの間、枯葉以下と言いながらちゃんと生きています。

きっと当時、女は自分から別れを切り出したのでしょう。
だから男に贈られた指環を外します。

背中を丸めながら…辛かったのか?
もしくは、そんなに指から抜くのに力が必要な程、指が太くなったのでしょうか?

男は「返すつもりなら捨てて」と言います。ここは女も男も迷うところ。
女側からすれば、別れた男から貰った指輪。そのまま着けるのも気が引けます。

少しでも想いがあれば思い出してしまうし、新しい彼が出来ればなおさらです。
昔の彼から貰ったものは行き場に困るモノです。

同様に男も、返されてもね。
お祖母ちゃんやお母さんの形見ならさておき、元カノ、しかもフラれた女から返された指環などどうしたものか?

当時はメルカリもブランディアもありません。
あるとすれば質屋で質流しにして現金化するのが手っ取り早い“不要になった貴金属”の処分の仕方。困るんです、どちらも…

だから付き合ったからと言って、早々に指環をプレゼントするのは控えた方が良かったかもしれません。
この指環が贈られた経緯はきっと男が「誕生日何が欲しい?」とか「指環あげるよ」的な話の流れがあったはずです。

それを受けての「誕生石はルビー」という言葉ではないでしょうか。
でなければ、この言葉の頭に「そうね、」と「誕生石なら」の“なら”は通常出てきません。

何も言わないのにこの言葉を言ったとしたら、なかなかのチャッカリさんです。
どちらにせよ「ルビーの指環を頂戴!」と言う意思表示ですね。

ちなみに誕生石がルビーなのは一般的に7月、もしくは誕生星座で調べると7/24~8/23生まれの獅子座がルビーになります。

また、考え方によっては牡羊座もルビーという説もありますが、その後の詞に8月猛暑の中でどうやら超盛り上がってルンルン気分でお付き合いしていたようなので、女は遅くとも7月後半生まれと推測できます。

余談ですが、「そうね、誕生石なら~」のルビーの部分に自分の誕生石を入れてみた人も多いのではないでしょうか?

パールとかメノウとかヒスイは、まだ何とか語呂合わせ的にはギリですが、語呂が合う誕生石はほとんどありません。

ましてや12月のトルコ石など…字余りの上、日本語の「石」なんて言葉入ったものなら…全くロマンがありません。やはりこの曲はルビーが一番合います。

その後もまだ、男はやせ我慢を続けます。
「孤独が好き」とか「はやく消えて」とか、もう意地っ張り最大限。と、言った割りに、曇りガラスの向こうの冷たい風の街の人込みに消えていく女の姿をコッソリ見送っています。

コートの襟を合わせて風を遮る仕草さえも見逃さずに。
彼女が残した冷めた紅茶だけが、その光景を見守っていたのです。

…そして今、二年の月日が過ぎています。
でもまだ男の心は枯葉状態。
ベージュのコートの女性を見かけると「ルビーの指環」してないかな?とまずは指をチラ見。

振り向いたら、全くの別人でも「あっちゃ~!間違っても君じゃない」という人でも、万に一つの可能性で彼女であったら…と。
もし偶然でも彼女を見つけても、さすがに2年前の指環はもう、してないって!わかっていても…。

「女々しくて、辛いよ~!!」と思える男の哀愁。でも、女々しくていいんです。
いつか想い出にかわるまで。そんな辛い恋愛も人生には大きな意味があります。

生きていればきっとイイことありますから…。

寺尾聡「ルビーの指環」の流行った1979年とは?

この年の話題もたくさんありますが、中でも「スペースシャトル」の打ち上げ成功は世界の人々の希望となりました。

「スペースシャトル コロンビア」はNASAが打ち上げた有人宇宙船。
ロケットと違い1回きりではなく飛行機のように機体ごと帰還し、“再利用”することを想定し造られました。

その役目は宇宙空間での実験や国際宇宙ステーション(ISS)の建設など未来に向けての研究。
それは1969年アポロ11号の月面着陸以前から計画されてたのですが、約12年以上の時を経て、とうとう宇宙の旅は小説や映画、アニメの世界ではなく現実のものとなりました。

2011年、最後の任務が終わるまでスペースシャトルは135回宇宙に旅立ちました、その間には厳しい困難や哀しいトラブルもありました。

今、国際宇宙ステーションに飛行士たちが滞在し宇宙の解明や様々な実験が可能となったのは、1981年の最初の打ち上成功があってのことです。

寺尾聡、ミュージシャンと俳優の二足の草鞋

寺尾聡はミュージシャンと俳優としての立派な地位を築いています。
まさに二足の草鞋(わらじ)、二足の草鞋とは、両立が困難と思われる職業を兼ねること。

当時も現在もミュージシャンと俳優、芸人と俳優など双方で才能がある人はたくさんいますが、「レコード大賞」と「日本アカデミー賞」どちらも“大賞”という最高峰に昇りつめた寺尾聡は、才能と運に恵まれ努力が実を結んだ人です。

では寺尾聡がなぜ音楽と役者の二足の草鞋を成し得たか?

寺尾聡は1947年、横浜市保土ヶ谷区生まれ、目黒区で育ちました。
お父さんは昭和の名優、宇野重吉。

寺尾は幼いころから洋楽に憧れベースを習得。高校生でフォークバンドを結成し大学生でデビュー。しかし、すぐに脱退し別のグループサウンズに加入しますがまた脱退。
どうやらよく言えば個性的、悪く言えば気難しくて面倒臭いヤツだったようです。

その後、石原裕次郎主演の映画「黒部と太陽」の撮影現場でアルバイト。
そこで映画監督に目に止まります。

映画には父である宇野重吉も出演。ちょうど宇野の息子役のキャスティングが難航していて「実際の親子でいいじゃん、宣伝にもなるし」という目論見もあったようです。

若かった寺尾は父親に反抗的。でも興味があったのでしょう。
渋々出演します。これが寺尾聡の俳優デビューです。

その後、父・宇野重吉は息子を石原プロに託します。
石原プロ制作の刑事ドラマを中心に若手俳優としての地位を築き、ふと音楽活動を思い出し「ルビーの指環」を作曲。

石原裕次郎の後押しもあり発売したところ、なんと…大ヒット。
結果的にレコード大賞です。

しかし石原プロはあくまでも俳優の事務所。寺尾は石原プロを出て音楽活動を再開しますが…。
大病を患い暫く休業、復帰後に黒澤明監督作品に多数出演。

父のDNAの影響もあってか、名優の頭角をあらわします。
2001年、映画「雨あがる」で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。
歌手として、俳優としてどちらも最高の評価を得たのです。

2008年功績が認められ紫綬褒章を受章。父の宇野重吉も紫綬褒章を受章しており、父子2代での受章となりました。

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まとめ

寺尾聡の「ルビーの指環」の歌詞の意味を時代背景も踏まえて考察してみました。

寺尾聡の「ルビーの指環」は日本の音楽史に残る大ヒット曲。
まさか大ヒットするとは本人も周囲も予想はしていなかったといいます

ちなみに当時、石原プロのプロデューサー兼マネージャーであった故・小林正彦専務はこの曲を視聴し「こんなお経みたいな曲、売れないよ!」と言ったそうです。ところが…今だから笑える話です。

歌手と俳優の二束の草鞋で頂点に昇りつめた寺尾聡。
二世タレント、二世俳優は多いですが、運と実力と努力、そして経験なくしては頂点にはたどり着けないものです。

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