2020年中秋の名月の時期や由来、供え物は?月とウサギの物語も! | カモシカおやじの趣味ブログ

2020年中秋の名月の時期や由来、供え物は?月とウサギの物語も!

天体
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この記事は2020年の中秋の名月の時期、その由来や供え物、月とウサギの物語を紹介します。

中秋の名月といえば、子供の頃に親と一緒に眺めた経験はありませんか。

あなたもこれを読めば2020年の中秋の名月の時期、その由来や供え物、月とウサギの物語を知ることができます。

それでは、忙しい日常から離れて、お月さまの世界へとご案内いたします。

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はじめに

♪ウサギ ウサギ 何見て跳ねる、十五夜お月さん見て跳ねる♪

多くの方が一度は耳にしたことがある、作者不明とされている、わらべ歌「うさぎ」。

十五夜の夜に、山に住むウサギたちも、遠く美しい月の世界に住んでいるウサギに想いを馳せて飛び跳ねているのでしょうか?

 

 

子どものころから、月ではウサギがお餅をついている、と聞いてきましたが、月の表面の凹凸の影を見て日本人はウサギの餅つきを連想したのでしょう。

中国では不老不死の薬をひくウサギやヒキガエル、南米ではロバやワニ、中東ではライオン、欧米では髪の長い女やカニ。

世界では様々なものを月面に投影しそれぞれ言い伝えがあるようです。

月を愛でる日本の風習、十五夜、中秋の名月についてお話ししましょう。

中秋の名月とは?

中秋の名月、とは秋の十五夜のお月見の日です。いわゆる収穫祭ですね?旧暦の8月15日が「中秋の名月(=十五夜)」と言われ、月が最も美しく見える日。

神様にお供え物をして五穀豊穣の感謝と祈りをささげるのです。

そもそも、月の満ち欠けと豊穣に関わりがあり、月を敬うようになったのは縄文時代からといいます。

大昔はどんなものにでも神様が宿る、と信じられていたので今年も作物が収穫でき食べていける!という事は、月の神様のおかげだと考えていたのでしょう。

なにより電気もない時代、満月の日は夜も明るく祭事をするのにも都合がよかったのでしょう。

実際、現在まで伝わる“お月見”の元となったのは平安時代、中国から月を愛でる祭事が伝わったといわれています。

この頃は貴族が“月を見る会”のようなものを催し、月を楽しみながら楽器を演奏したり歌会をしたり、ご馳走を食べたり雅(みやび)に楽しんでいたようです。民間に浸透したのはさらにもっと後の時代です。

 

 

新月~満月~新月に戻るというサイクルはほぼ29.4日。今で言う約1か月です。月が新月から満月になるのは、約14.7日ですので、これで時を数えていました。

作物の種まきから収穫もこの月のサイクルに従っていました。では、何故、中秋の名月が特別なのか?というと…旧暦では7月~9月が秋。

旧暦で8月15日といえば秋のど真ん中。その満月の日はちょうど8月15日(現在の9月15日前後)、という訳です。

秋には気候も涼しくなり空気も澄んできて、お月様も大変美しく見えます。

また、その頃には作物は収穫期となるので「今年も実りをありがとう!引き続き、よろしくお願いしますお月様!」と願いを込めたのです。

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2020年の中秋の名月の時期はいつ?

2020年の「中秋の名月」は10月1日㈭です。
ちなみに…2021年は9月21日、2022年は9月10日、2023年は9月29日、となります。

なぜ、毎年異なるのか?それは、現在は太陽暦で地球の公転や自転なども含め科学的に1年が計算されているので旧暦のときとは1年の長さが違います。

十五夜が年ごとに異なるのはこのためです。また、「中秋の名月=満月」とは限りません。

地球も月も動いているので例えば、満月の時間がお昼など月の見えない時間帯だったとすると、満月になった日が十五夜(中秋の名月)とされるので、見上げた月がキッチリ満月、というわけではなくてってしまうこともあるのです。

正確には中秋の名月が満月であるのは稀です。あっても僅かな時間ということなのです。

 

中秋の名月のお供えの食べ物、楽しみ方は?

お月見のお供えといえば、月見団子とススキが定番です。

まずは、白くて丸い「お団子」がお供えとなったのは意外と最近の事で、江戸時代に入ってからのようです。丸いお団子をお月様にたとえ、十五夜の15にかけて15個備えます。

十五夜は「芋名月」という別名もあります。まだイモ類が日本人の主食であった時代には、イモ類の収穫を感謝する日でもありました。

ですので、お団子が定着する前には里芋やサツマイモなどイモ類をお供えに上げていたのです。

 

 

十五夜の頃から作物は収穫期になります。イモ類に限らず、栗やマメ、ブドウなど、獲れたての“新物”をお供えしたのです。

特に里芋は小さくて丸っこいのでお月様をイメージした里芋が定番なったと思われます。

一部の地域では、あえてお供えのお団子を俵型に作る風習があるようですが、それは、本来のお供えであった里芋のイメージと米俵(=米)がたくさん実りますように!という願いが込められているのではないでしょうか?

続いてススキについてです。「作物ではないのに、どうしてススキなの?」と疑問を感じられる方もおられることと思いますが、ススキは稲穂の代わりなのです。

十五夜の頃にはまだ稲は完全には育っていません。そこで、稲穂に似たススキを供えたのです。ススキが何故お供えとして選ばれたかというと、ススキは神様の依り代なのです。

ススキの切り口をみて下さい。中は空洞。ここに神様が宿ると信じられていたのです。

また、ススキの葉は鋭く、鋭利な刃物のように切ってしまうこともあるので、「厄災や悪しきものを切る」というお守りのような役目も持っていました。

お月見に備えられた後、ススキは軒先に吊るしたり、たんぼや畑に刺して、魔除けとして使われていたのです。

お供えも団子とススキに限らずとも良いのです。好きな秋の植物やお気に入りの食べ物などでも、月もお供えも楽しめるならば、きっと月に宿る神様も喜んでくださるのではないでしょうか?

 

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月とウサギの物語は?

日本では昔から「月ではウサギがお餅をついている」と子どもに語り継いでいました。

また、中国でも「ウサギが餅つき」または「ウサギが薬草煎じをしている」が一般的です。

これは、インドから中国へ、そして日本に伝わった月とウサギにまつわる仏教説話が元になっているようです。

戦と立身出世の神である帝釈天(たいしゃくてん)とウサギの逸話をご紹介します。

 

 

帝釈天は束の間の戦いのない平和なときを過ごしている最中でした。
戦いがないというのは実に素晴らしいことです。ステイホーム…ちょっと暇です。

「なんか面白い事ないかなぁ~?」と何気なく下界をリモート見物していると、秋の草原でキツネとサルとウサギの立ち話が耳に入ってきました。

 

 

「人間っていいよね、色々と。どうせなら、人間に生まれたかったな」とキツネ。

「俺、あとちょっとで人間ぽくない?あと、ちょっとなんだけどな~」とサル。

 

 

「いい事が足らないのかな?だからこんな姿なのかも…」とウサギ。

 

 

帝釈天は「なんだ、あいつら人間になりたいのか?でもな、獣は獣。人間も獣も他者を思いやる気持ちは持ってないとなぁ~」と微笑ましく見ていました。

「お!そうだ、あの3匹がどの程度、他者を思いやれるか?試しちゃお!暇だし」と、あえてヨボヨボで貧相で汚いお爺ちゃんに化け、フラフラと3匹に近寄りました。

近くを通り過ぎる時、わざとらし~く、バッタッ!と崩れ落ち、下手な芝居で「ううっ、腹が…腹が…」そう呟きながら、うずくまります。

「お爺ちゃん、どうしたの具合わるいの?」とサル。

「お爺ちゃん、ちょっと臭いよ」とキツネ

その時!お爺ちゃんのお腹がグ、ググルル~と音がしました。

「お爺ちゃん、おなら?いや、お腹すいてるんだね?」とウサギ。

「ずっとご飯を食べていなくて、歩く力もないんだよ…」と帝釈天(爺)。

3匹は「チャン~ス!これはイイ事をして、猛神様にアピール。次の世人間になれるかも!」と思いました。

「ちょっと待ってて!今何か探してくるよ!」とサルもキツネも我先に手柄を!とばかりに、駆け出していきました。

しかし、ウサギは…草食ですから人間のお爺ちゃんが好みそうな食べ物など捕ってくるアテはありません。

「僕も探してくるよ…待っててね、お爺ちゃん」と野原を駆けて行きました。

「すまないね~」と帝釈天は誰もいない草原で、ニヤリと、ほくそ笑みながら、焚火でもして待つことにしたのです。

「お爺ちゃん!木の実を取って来たよ!」とサル。

「お爺ちゃん!ほら、魚だ。この時期の魚は脂が乗っててうめ~ぞ!」とキツネ。

「すまんの、すまんの。では木の実も魚も焚火で焼いて食べようか」と帝釈天。

 

そこへウサギが戻ってきました。

「何も持ってないじゃないか!だせ~なウサ公!」とサルとキツネはヤンヤ、ヤンヤとウサギを責め立てます。やはり、冬を前に枯れかかった草原にはもう枯草しかなかったのです。

ウサギは自分の非力さを嘆き、涙目で目も真っ赤に腫らせています。「お爺ちゃん。僕を…僕を食べて下さい!!」と、突然、自ら焚火の火の中に飛び込んだのです!

「ちょ、ちょっと待った~!!」ととっさに帝釈天がつかもうとしたウサギの耳は、手をすり抜け、メラメラと燃える火の中に消えていきました。

あまりにも突然な事に帝釈天もあっけに取られなすすべなし!

「ぎょえ~!!」サルもキツネもウサギの突発的な行動にビックリ!一目散に逃げ出しました。

「おお、ウサギ。可哀相なことをしてしまった。お前たちを試したばかりに…人も獣も、姿形が違っても、他者を思いやる心さえあれば争いは減ると思ったのだ」

帝釈天は軽い気持ちで獣たちの心を試したことを深く反省しました。

「ウサギ、オマエは優しい子だったなぁ。おや、月が出ている、今日は満月か。そうだ、オマエをあの月に置いてやろう。いつか、人間になる時まで…な、」

善行をたくさん積んで、いつか人間に…そう思いながら今もウサギはお月様でその時を待っているのかもしれません。

 

 

この話にはいくつか別説があります。

その中の1つに、他者のために自らを犠牲にした、心の優しいウサギは、帝釈天がその毛皮を満月にかざすと、元気なウサギに生まれ変わった、という話があります。なんとも救われる1説ですね。

 

 

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まとめ

2020年の中秋の名月の時期、その由来や供え物、月とウサギの物語を紹介しました。

時代は移り変わり、中秋の名月にお供えをして月を愛でる、という習慣は徐々に消えつつあるように思われます。

生活様式が変わり、職業も会社勤めの方が増え、昔に比べると農業従事者が減ったのも、その一因かもしれません。

ですが、日本ならではの粋なお月見の風習は、ぜひとも後世に遺したいものですね。

今年、条件に恵まれたなら、久しぶりにお月見をしてみてはいかがでしょう?

アナタが見る月には何が見えますか?ウサギはお餅をついていますか?

満月を別名“望月(もちづき)”と言います。“望月”という言葉が“餅つき”に変化し、ウサギの伝説と交わり「月にいるウサギが餅をつく」という言い伝えに変わったといいます。

月を眺め「あ~お月さん綺麗だな~」でも十分ですが、さらにハイセンスな日本の情緒たっぷりの“お月見”をするなら、ロケーションが重要です。

たとえば、海や川、湖、池など水に映る月を楽しんだり、山間からのぞくお月様、ビルの合間に見えるお月様、お供えの位置や月と一緒に見えるモノを考えてみたり。

そう、絵を描くように、写真を撮るように「どうしたら、この月がもっと幻想的に、もっと美しく見えるだろう」と考えるのも、お月見の醍醐味ですね。それではこのへんで…。

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