ゴダイゴ「銀河鉄道999」の歌詞の意味を考察!果てしない銀河への旅 | カモシカおやじの趣味ブログ

ゴダイゴ「銀河鉄道999」の歌詞の意味を考察!果てしない銀河への旅

昭和歌謡
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この記事は、 ゴダイゴ「銀河鉄道999」の歌詞の意味を考察します。

1979年に発売されたこの曲は、 同名のアニメ映画『銀河鉄道999』の主題歌として共にヒットして一連のブームを巻き起こしました。

それでは、ゴダイゴ「銀河鉄道999」の歌詞の意味を読み解きます。

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ゴダイゴ「銀河鉄道999」の歌詞の意味を考察

【銀河鉄道999】

アーティスト:ゴダイゴ

英語作詞:奈良橋陽子

日本語作詞:山川啓介

作曲:タケカワユキヒデ

リリース: 1979年7月1日(日本コロムビア)

★チャート最高順位
週間2位、1979年度年間14位(オリコン)

「銀河鉄道999(スリーナイン)」は、1979年7月に、ロックバンド『ゴダイゴ』の11作目のシングルとして発売されました。

この物語の原作は松本零士によるSF漫画『銀河鉄道999』。

これをもとにテレビアニメ番組、アニメ映画が生まれ、この曲は映画「劇場版 銀河鉄道999」の主題歌として起用されました。

1979年度のオリコン・シングルチャートでは年間ランキング14位、売上枚数は63.2万枚のヒットを記録しました。

 

ゴダイゴ「銀河鉄道999」の歌詞の意味を考察

劇場版アニメ「銀河鉄道999」の主役・星野鉄郎は、めまぐるしく変わりゆく社会に翻弄されながら、大人の階段を上る子供たちの代弁者です。

物語の始まりは、機械の体を手に入れた富裕層と、貧しい生身の人間に分かれた、未来の地球。

機械伯爵の『人間狩り』によって母親を殺された鉄郎は、虫の息の母に、自らも機械の体を手に入れることを誓います。

 

そして鉄郎は、『ただで機械の体にしてくれる』星を目指して、銀河鉄道999(スリーナイン)に乗り込みます。

その旅は、命の理(ことわり)の無常を思い知らされる旅でもありました。

 

出逢う人々は皆、深い業を背負って生きていました。

限りある命を燃やし、はかなく散っていく、名も無き彼らの心に触れることで、鉄郎は『機械人間になる』という執着から解き放たれます。

 

この歌詞のように、それは古い夢ということもできますが、復讐心から生まれた『夢』は、彼を永遠にしばりつける悪夢とも言えるでしょう。

彼が出逢った人々は、決して心優しい人間ばかりではありません。

目をそむけたくなるような醜態をさらす者もいます。

 

哲郎は彼らが『人間』というものが抱える様々な業を象徴していることに気づいていたのでしょう。

そうした中で鉄郎は、正面から彼らと向き合い、小さな体いっぱいに受け止め、前に進もうとします。

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それでは、メーテルは、何を象徴していたのでしょうか。

この歌では、『やすらぎ』という言葉で表現されていますが、ここから考えられることは、母性の象徴です。

 

母親は男性が一番最初に接する異性であり、そして無償の愛を注いでくれる絶対的な存在でもあります。

メーテルが哲郎の亡き母と瓜二つというのも、単純にキャラクターデザイン上の都合だけでは無く、母性を表しているのでしょう。

鉄郎がメーテルに求めたのは、母性・・。

幼い子供にとって、目の前にあるもの、目に映るものが、存在そのもの。

まさに母という神が生み出した小宇宙で生きているようなものです。

 

「離れても、母は必ずここいる」その安心感が、行動範囲を広げる糧になるのです。

いうなれば、数あまたの冒険を繰り返してきても、彼は、メーテルという柔らかな掌の中にいた、ということです。

それは、現実に生きる私たちも同じです。

 

しかし、母親を他者と同じ、一人の人間として受け入れたとき、親離れが終わるのです。

成長するにつれて、母親と二人きりの世界から、父親、友人、そして社会全般へと、視野見が広がっていきます・・。

 

一方、穏やかなイメージが強いメーテルですが、時に女性の生々しさ、冷酷さを見せることがあります。

まだ10歳の鉄郎には、彼女の変貌が理解できません。

 

しかし、この歌に書かれているように母のぬくもりよりも、もっと必要なものがある、と気づいた彼は、いずれは彼女の心の揺らぎや葛藤が、分かる日がくるのでしょう。

母も、完全無欠の女神ではない、自分と同じ、過ちを犯し、業を背負い、苦悩する人間なのだと・・。

劇場版アニメでは、鉄郎は15歳の凛々しい少年に成長し、最後のメーテルとの別れのシーンでは彼女と口づけを交わします。

しかし、その行為は、これから始まる男女の恋愛ではなく、母を追い求め、母に守られてきた子供時代との決別の儀式でした。

 

「私は、これからは、あなたの思い出の中だけに生きていくのよ。」

メーテルの瞳が語る、別れの言葉・・。

 

メーテルとの別れの後。

哲郎は、優しい母の面影、美しい母への思慕を心の奥底に仕舞います。

 

今、彼方の虚空を見つめる哲郎の瞳には、自分の足で大地を踏みしめる大人特有の、他者を容易に寄せ付けない厳しさと、鬱屈を洗い清めたような清々しさが宿っています。

今度は、無数に散らばる星くずの間を縫って、彼が汽車を走らせていくのでしょう。

彼の旅は、まだまだこれからです・・。

 

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まとめ

ゴダイゴ「銀河鉄道999」の歌詞の意味を同名のアニメ映画のストーリーを踏まえて考察しました。

主人公の鉄郎は母の死、メーテルとの出会い、銀河鉄道の旅での様々な経験などを通して人間として大切なことを学び、成長していきます。

 

劇場版のアニメの最後、哲郎と銀河鉄道に乗り込むメーテルとの別れのシーン。

メーテルの乗った銀河鉄道が空の彼方へと消えていく中、主題歌のゴダイゴ「銀河鉄道999」が流れます。

筆者は、悲しい気持ちの一方、何かほっとするものを感じ、温かく哲郎を応援したい気持ちになりました・・。

 

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