テレサ・テン「愛人」の 歌詞の意味を考察!アジアの歌姫の名曲

昭和歌謡
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この記事は、テレサ・テン「愛人」の 歌詞の意味を考察します。

この曲は彼女の15枚目のシングルで1985年に発売されました。

「アジアの歌姫」と呼ばれ、いまでも人々の心に生き続け、人気を誇るテレサ・テン。

そんなテレサ・テン「愛人」の 歌詞の意味を読み解いていきましょう。

テレサ・テン「愛人」はどんな曲

【愛人】

アーティスト:テレサ・テン

作詞:荒木とよひさ

作曲:三木たかし

リリース: 1985年2月21日(トーラスレコード)

★チャート最高順位  週間10位(オリコン)、1985年度年間56位(オリコン) 

「愛人」は1985年2月に販売されたテレサ・テンの15枚目のシングル曲です。

この曲でテレサは1985年の全日本有線放送大賞・日本有線大賞を前年「つぐない」に続き、2年連続で受賞しました。

同年の大晦日・第36回NHK紅白歌合戦にはこの曲で初出場しています。。

「愛人」のシングル売上は29.9万枚のヒットとなりました。

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テレサ・テン「愛人」の 歌詞の意味を考察

「愛人」はその名の通り、許されぬ恋を歌った曲ですが、テレサ・テンが切々と歌う、たどたどしい日本語が、かえって思わず抱き寄せたくなるようないじらしさを感じさせます。

不倫という言葉は、明治時代に「倫理に背く罪深い行為」として使われ始めました。

巷に浸透したのは、1980年代、TVドラマの放映がきっかけでした。

 

姦通の罪は、これを契機に、背徳的なアヴァンチュールへと変貌します。

「愛人」も時勢の波に乗り、前年の「つぐない」に次ぐ大ヒットとなりました。

 

しかしこの曲がヒットした訳は、ただ単に、聴衆のニーズを掴んだためではないようです。

テレサの実力もさることながら、彼女の歌声からにじみ出る清廉な人柄、どんな形であれ、愛しい人に一生懸命に、愛情を注ぎ、ひたむきに尽くす姿が聴き手の胸を打つのかも知れません。

 

不倫の歌、というとあなたはどんなものを連想するでしょうか。

どれだけ美しい言葉で飾っても、赤黒いバラのように、禍々しいものを感じさせてしまうのは否めません。

現代の21世紀に生きる私たちからすれば、この歌の女性は、男性に依存することしかできない、都合のいい女と見られてしまうかもしれません。

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しかし、テレサの歌う「愛人」には、無造作に踏みつけられた野の花のような、何とも言えない悲しみが先立ちます。

 

聴き手に言いようのない悲しみをもたらすのは、この歌の主人公が、何も知らない、愛に飢えた、あどけない少女だからです。

想い人の目にうつる彼女は、確かに成熟した大人の女性でしょう。

しかし、彼女の心のなかは、紅葉のような小さな手を伸ばし、父にすがる幼子のままです。

 

歌詞にでてくるアパートの一室は、これまで誰にも見せたことのない心の小部屋の象徴です。

冷たい床の簡素な部屋で、彼女は年端も行かない少女の姿に戻ります。

 

少女は部屋の隅で小さな膝をかかえると、ひとつ、ふたつと指を折ります。

あの人がこの部屋を訪れるまで、あと何日待てばいい?

 

部屋に電話はありません。思いを綴る便箋もペンもありません。

彼と彼女を繋ぐツールは、この世界にはどこにも存在しないのです。

 

彼を信じる思いの強さだけが、この、ささやかな幸せに満ちた小さな世界を構築しています。

言いかえるなら、自分がかたく信じなければ、あっという間に崩れてしまう砂上の楼閣と言えるかもしれません。

 

少女の耳元で、大人の『私』が囁きます。

尽くすことが美徳とでも思っているの?無償の愛を気取っているのかもしれないけれど、あなたのはただの自己満足よ。

 

そうよ、誰が望んだわけでもないわ。でも、人並みの幸せなんて望まなかった。ただ愛されたかっただけなのに、私からこれ以上、何を奪うつもりなの。

消えてちょうだい。

 

少女は無知ゆえに、何ものも恐れない激しさ、心の強さを持っています。

純粋ゆえに盲目で、ひたむきゆえに残酷です。

 

彼女が、こんなに愛されることを渇望しながら、慎ましく彼を待つ身に甘んじているのはなぜでしょうか。

 

彼の大切な人に、嫉妬しないといえば嘘になります。

ただ、それは人生のいたずらで「あなた」に選ばれなかったことに対する寂しさであり、妻子に対する憎しみとは質が違います。

あなたを愛せることが私の幸せ。もう私を選んでなんて、わがままは言わないわ、ほんの少しの愛を与えてもらえたら、充分なのよ。

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その、ほんの少しの愛を求めることが、誰かを傷つけ、後々、一生の十字架を背負う事になることを少女は知りません。

愛に殉する覚悟を決めた少女の耳に、忠告など届くわけがありません。

今の彼女には、余計なものが入り込む隙間などないのです。

この心に直接、彼が触れてくれるなら、少女は喜んで、魂さえも差し出すでしょう。

 

少女は切々と、報われぬ思いを訴えますが、この歌に、男性の影や息遣いは全く感じられません。

おぼろに霞む、あえかな存在に、子供のように救いを求める女性の姿は、痛々しく、見守る者の胸を突くものがあります。

 

テレサは生前、「愛人」というタイトルを「私の国では、『愛人(アイレン)』って、そのままの意味なの。愛しい、大事な人なのよ」と語っていたそうです。

大衆受けの良い不倫の歌で終わらせたくない、歌手としてのプライドが滲み出た一言です。

 

また、彼女のこの歌に対する思いからは、泥にまみれた小鳥をきれいに洗い、また空に放つような、慈しみや優しさを感じ取ることができます。

まとめ

テレサ・テン「愛人」の 歌詞の意味を考察しました。

「愛人」のヒット後も、テレサは、いくつもの禁じられた恋を歌い続けてきました。

しかしどの歌にも、一貫して、人を愛することの原始的な感情が、揺るがぬ軸として存在しています。

テレサが亡くなって30年が経とうとする今も、様々なアーティストがこの曲を歌い継いでいます。

不倫という言葉の重み、行為に対する価値観はこの数十年でさらに多様化を遂げました。

しかし、テレサの歌が時代や国境を超えて、人の心の琴線に触れるのは、彼女の歌を通して「愛」というものの、真実の欠片に触れられるからかもしれません。

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