中村晃子「虹色の湖」の歌詞の意味を考察!意外な結末とは? | カモシカおやじの趣味ブログ

中村晃子「虹色の湖」の歌詞の意味を考察!意外な結末とは?

昭和歌謡
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この記事は、 中村晃子「虹色の湖」の歌詞の意味を考察します。

1967年に発売されたこの曲は、グループサウンズ全盛期のノリノリのリズムと彼女のパンチの効いた歌唱が相まって、人気となりました。

それでは、中村晃子「虹色の湖」の歌詞の意味を読み解きましょう。

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中村晃子「虹色の湖」はどんな曲

【虹色の湖】

アーティスト:中村晃子

作詞: 横井弘

作曲 :小川寛興

リリース:1967年10月10日(キングレコード)

★チャート最高順位
週間3位、1968年度年間23位(オリコン)

「虹色の湖」は1967年10月に中村晃子の7枚目のシングルとして発売されました。

当時はグループサウンズ全盛の時代。この歌も、その影響が色濃く、歌謡曲が主流だった女性ポップス界に新風を吹き込みました。

1967年度のオリコン・シングルチャートでは年間ランキング23位、売上枚数は35.4万枚を記録しました。

 

中村晃子「虹色の湖」の歌詞の意味を考察

この曲のタイトル、歌詞はどこか、西洋の寓話を彷彿とさせます。

『昔々、ある村に若く美しい娘がおりました。

娘は子供の頃の夢物語を固く信じているようなところがありました。

ある日、娘はまだ見ぬ幸せを追い求めて、一人、旅に出たのです。』

このような感じでしょうか。

 

あなたも童心にかえって、物語のページをめくってみましょう。

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主人公の娘は白いボネ(頭巾のように髪を包む帽子)をかぶっていました。

ボネと揃いの白いブラウスの上には、黒い別珍のワンピース、そして小さな可愛らしい足は編み上げのブーツに包まれていました。

村でも評判の美人であり、将来を誓いあった幼馴染もいましたが、娘の心はいつも虚ろでした。

 

「ああ、いやだ、いやだ、あたしはこんなちっぽけな村で、ずっと山羊の乳しぼりをしながら歳を取っていくんだわ」

 

頭上を掠めたのは、おしゃべりな燕です。

「やあ、お嬢さん。ずいぶんつまらなそうじゃないか」

「ふん、そりゃそうよ。あたしは幸せになりたいの。今よりもっとよ」

「なるほどねえ。ああ、そうだ、村のはずれのうんと奥、黒い森をぬけると虹色の湖があるという。

の水を口にしたものは、本当の幸福を知ると言うよ」

 

 

娘は、それを聞いて、たちまち胸をときめかせました。

「まあ!そこへ行けば私の夢が叶うのね、行くわ、必ず行くわ!」

 

つばめは一瞬、眉をしかめるとこう言って飛んでいきました。

「あまりおすすめしないがね。黒い森には魔物が出る。僕は、南の島で楽しく暮らせたら充分だよ。

あんたもじゃないのかね。毎日美味しい食事にありつけて、愛しい人もいるっていうのに」

 

しかし、すでに娘の頭の中は、未知の幸せでいっぱいです。

夜更けにこっそりと家を抜け出すと、娘は恋人を誘いましたが、彼は決して首を縦に振ろうとはしません。

 

恋人は、娘を引き止めました。

黒い森には魔物が住むというじゃないか。生きて帰ってはこれないかもしれないんだぞ

娘は眉間に皺をよせて言いました。

「じゃあ、ずっと、この村でくすぶっていろ、っていうの? そんなのごめんだわ」

 

僕は君がいてくれたら充分だ。身の丈に合わない幸せはいらないよ

「意気地なし。そんな人、こちらから願い下げだわ。いいわ、私一人で行くもの。さようなら」

恋人は怒りに震えましたが、娘の心無い言葉には答えませんでした。

俯き、唇をかみしめている恋人を振り返らずに、娘は満天の星の下、森へ向かっていきました。

 

黒い森は、ざわざわと木の葉を揺らし、娘を威嚇します。

(来るな、来るな。立ち去れ、愚かな娘よ)

 

一瞬、娘はひるみましたが、ごくりと唾をのみこむと、ずんずんと茂みの奥に入っていきました。

しかし、それからの道のりは大変、過酷なものでした。

 

狼に追いかけられ、茨に足を取られ、食べ物はすぐに底をつきました。

朝露で喉を潤し、お腹がすいたら、木の実をかじりました。

母が作ってくれた自慢のブラウスもスカートも、すでにぼろぼろです。

何度も引きかえそうか、と思いました。

でも、彼女は虹色の湖を諦めることはできません。

 

森の木の葉のざわめきが、風のざわめきが、彼女の耳にささやくのです。

「虹色の湖は、お前に本当の幸せを教えてくれる。この森から無事に出られたらの話だがな」と。

その声に導かれるように、娘はふらふらと、傷だらけの足を引きずるようにして歩き続けました。

 

長い、長い月日が経ちました。

ついに娘は黒い森を出ることができました。

 

久しぶりに目にした太陽の光は、娘の瞳を射るほど眩しく、そして開けた原っぱには、小さな、小さな湖がありました。

それは、なんの変哲も無い湖です。

それでも、飢えた娘は大喜びで水を飲み、垢に汚れきった体を洗いました。

 

「ああ、なんて幸せなのだろう」

そう呟いたときに娘は知ってしまったのです。

水面が朝日の光で虹色に輝いていることを。

何の変哲もない湖の雫も、傷つき疲れた旅人には、何にも代えがたい幸福になることを。

「ああ、そうだったのね。幸せを教えてくれる、ってそういうことだったのね」

咄嗟に娘は、置いてきた恋人を思い出しました。

いつもわがままな娘を優しく受け入れてくれた恋人。

 

娘が家出するとも知らずに、愛らしいボネと服を作ってくれた母。

自分は何と愚かだったのだろう。

しかし、黒い森のなかでは、帰り道などわかりません。

もう、ふるさとには戻れないのです。

 

娘は声をあげて泣き崩れました。

「幸せは、失ってから気づくものだったのね…」

彼女の轍を踏まないように、謙虚に生きていくことが『本当の幸せ』への近道なのかもしれません。

 

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まとめ

中村晃子「虹色の湖」の歌詞の意味を考察しました。

主人公の若い女性は、田舎の村での日常に嫌気がさし、ふるさとや家族、恋人も捨て、幸せを求めて「虹色の湖」を探しに出かけます。

大変な苦労の末に「虹色の湖」にたどり着き、喜ぶのもつかの間、村に置いてきたものの大切さに気づきます。

 

もう遠くに来すぎてしまい、今更ふるさとの村には帰る道は分かりません。

悲しくなり、湖のほとりで泣いてしまいます。

そして彼女は理解します。以前のままで十分に幸せだったことを…。

本当に寓話のようで意味深い内容だと思います。

 

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