子門真人「およげ!たいやきくん」の歌詞の意味は?時代背景から考察!

昭和歌謡
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この記事は、子門真人「およげ!たいやきくん」の歌詞の意味や考察、歌われた1970年代の時代背景などを紹介します。

「およげ!たいやきくん」は、昭和世代にとっては懐かしく、思い入れのある曲ですね。
そんな「およげ!たいやきくん」の世界をご案内いたします。

「およげ!たいやきくん」ってどんな曲?

「およげ!たいやきくん」は今も多くの国民が知るおなじみの曲。
1975年フジテレビ系の子供番組『ひらけ!ポンキッキ』から火が付き大ヒット。

そのレコード売上枚数は500万枚以上、40年近くたつ今でも日本のシングル売上枚数は過去最高を記録し今も破られてはいません。

子ども向けの楽曲としてリリースされたこの曲は大人にも共感できる“何か”が込められていたのでしょう。

【およげ!たいやきくん】

アーティスト:子門真人

作詞:高田ひろお 作曲:佐瀬寿一

1975年12月25日発売(キャニオン・レコード レーベル)

当初は歌手の生田敬太郎が番組内で歌っていましたが、当時の様々な事情から、歌手が子門真人に交代し、視聴者からの大反響を得てキャニオンレコードからシングル盤が発売されました。

番組内では「およげたいやきくん」と表記されましたが、レコード発売時には“およげ”の後に感嘆符「!」つけ曲タイトルは「およげ!たいやきくん」となりました。

想いはすでに「稼げ!たいやきくん」だったかもしれません。

 

「およげ!たいやきくん」がヒットした時代とは?

1975年(昭和50年)世界ではフランスで初めてサミットが開催され、当時の日本の首相の三木武夫も出席しました。

昭和天皇と皇后がワシントン、ニューヨークなどアメリカを訪問。
イギリスのエリザベス女王夫妻が来日するなど、日本は世界の主要国の仲間入りをして急激に国際化が進んでいった時代です。

1968年に発生した歴史に残る現金強奪事件「三億円事件」が時効になりました。

この時の流行といえば、今でも人気の「キティちゃん」のキャラクターグッズが初めて登場したのがこの年の春。

まさか令和の時代でもその人気が健在とは…キティちゃん自身も思いもしなかったことでしょう。

そして愛煙家が多かったこの時代に今でもお馴染みの100円ライターの登場し脚光を浴びましたが…
こちらは禁煙が当たり前の今の時代では本来の使われ方ではなくなってしまいそうですね。

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「およげ!たいやきくん」の歌詞の意味を考察!

純粋な歌詞の内容は、毎日毎日、型に流され焼かれる“たいやきくん”が、変化のない日常にうんざりし、たい焼き屋のオジサンに反発して家出(?)して、海という別世界を楽しむストーリーです。

たいやきくんにとっての初めての海は全てが新鮮で心が踊り冒険心に火をつけます。
難破船を拠点に広い海で思う存分自由を満喫します。
もちろん、楽しいだけではありません。

サメという敵にも遭遇します。
たいやきくんは危険を犯さず強者に無駄に逆らわず弱者は逃げる、という生きる術も身に着けます。

食べて行くため他の魚の見様見真似で初めての狩猟にも挑戦します。
最初にして結果的に最後になった、たいやきくんの狩猟は…残念ながら釣り針でした。

たい焼屋で生まれ育った世間知らずのたいやきくんには狩猟のノウハウもなく本物と疑似餌の区別などつきません。あっさり釣り人オジサンに釣られ食べられてしまいます。

最後のフレーズに、やっぱり自分はたい焼きであり、しかも少し焼き色がある美味しそうなたい焼きであると語っています。

魚のカタチをしてはいても、海の生物とは違う存在。
最後に自分が何者かを悟り“たい焼き”として、たい焼き本来の人生を全うします。

そもそも、店で作られ売られ食べられ、また同じたい焼きが再生するのか疑問です。
店のオジサンにどんな文句を言ったのか?あんこが入っていて沈まず泳げるのか?

海水ばかりではふやける以前に海に入った時点でふやけるでしょう?
海での滞在期間は明確には記されていませんが、少なくとも数日は海の中。

形も崩れ、もはや“たい焼き”の原型を留めてないと考えられます。
海水に浸した皮と餡は相当奇妙な味わいで、釣り人が唾を飲み込む程、食欲をそそるとは思えません。

逆にオジサンにしてみれば、まさか、たい焼きが釣れるとは…
ビックリして当然で、食べてみようと思う好奇心もわからなくはありません。
余程お腹が空いていたのでしょうか?

この突っ込みどころ満載な歌詞に誰もが一度は疑問を感じ話題にしたことでしょう。
でも、これも「およげ!たいやきくん」の魅力です。

一見矛盾だらけの子どもの童謡と思われますが、大人をも共感させたのは、そのメロディと歌詞の言葉の中に自分とシンクロする“何か”を見つけたからではないでしょうか?

たとえば、サラリーマンなら、毎日同じ電車で会社に出勤し、安月給の割には苦労も絶えず、上司や取引先相手に言われ放題、上手くいかない事ばかりで「いっそエスケープしてしまえたら…」と思った人も多かったのでは?

たとえ現実逃避に走っても、新鮮な楽しさの中で初めて体験するトラブルに遭遇し結局日常に戻ってしまう自分がいます。サラリーマンの哀愁という捉え方も出来ます。

もしも、女性ならば…当時の専業主婦の割合は今よりずっと多かったので、主婦は一年中休みもなく、夫や子どもの食事を作り、家事に追われる同じ毎日の繰り返し。

思い切って自由を満喫しようと飛び出しても…やはり家族が気になり日常に戻ってしまう。

仕事をする女性も当時はまだ重要なポストを担当出来る事は稀で「お茶入れに来てるわけじゃない!」と毎日に悶々と感じている人も少なくはなかったことでしょう。

大学や就職で憧れの東京へ上京した若者も、新しい日常を求め海に飛び込んだたいやきくんの姿に自身に重ねたのかもしれません。

この時代、ストレスという言葉はそれほど一般的ではありませんでしたが、ストレスから現実逃避を夢見るのは昔も今も変わりません。だからこそ、今でもこの曲は人気があるともいえます。

多くの人がたいやきくんに自分をシンクロさせ、夢の終わりに現実に戻って、苦しくても当たり前の日常に平穏や安らぎを感じたのかもしれません。

歌詞もさることながら、この曲のコード進行もEmやAmが中心。
日本人が好むマイナー曲調も年齢を問わず心に響いたのでしょう。

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まとめ

子門真人「およげ!たいやきくん」の歌詞の意味や考察、歌われた1970年代の時代背景などを紹介しました。

今もレコード売上枚数は500万枚以上の日本一の売上を誇る大ヒット曲の「およげ!たいやきくん」。

子門真人も印税で大金持ち?と思いきや…まさか大ヒットするとは思わず歌を唄うだけの契約でギャラはたった5万円。

売上げに応じた歌唱印税はなく、後にヒット記念として100万円程度の現金と記念品だけだったとか。

“時代の事情”と“オトナの事情”で、たいやき御殿は子門真人の自宅ではなく発売元の音楽出版の自社ビルとなりました。

「およげ!たいやきくん」は単なる子どもソングではなく、大人に夢と現実を伝えるメッセージだったのかもしれません。

たい焼き屋のオジサンに始まり、釣り人のオジサンに終わる、オジサン2人に完結されたたいやきくんの人生。

「やっぱり僕はたいやき…」その言葉に、哀愁が漂う印象的な名曲です。

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